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カントZ.501 マンマユート飛行艇

 その時に使える最新技術で実現可能な性能をとことん追求した機械はどこか魅力的なデザインになっています。飛行機という工業技術の最高点に位置するいろんな意味で危ない機械には、その時代の様相とその国の事情とが絡まり合った性能の要求に応えようとした設計者の価値観、美意識、思想がそのデザインに現れていますが、それはまた国民性の影響を受けていて飛行機の写真や三面図をたくさん見ていると国毎の"らしさ"いわゆる"お国ぶり"みたいなものもデザインに出ているのがわかります。それはちょうど仏像を観るときとよく似た感覚かもしれず、古刹巡りに精を出すと飛鳥仏、天平仏、貞観仏、藤原仏、鎌倉仏を区別できるようになるのと同じです。そう言えば室町以降の仏像に特徴が消えてしまうように、近ごろの飛行機にはお国ぶりがなくなっているようです。国産機を開発できる国が頗る少なくなったのと、近ごろ飛行機を作っているのはコンピュターだからでしょうか。ステルス機なんてほんと、なんの特徴もないつまらない飛行機です。


イタリア人とイタリアの飛行機
 宮崎駿監督はイタリア人が好きなんでしょうね。なぜそう思うのか。「風立ちぬ」で主人公の夢にイタリアの航空機設計技師カプロニが出てくるし「紅の豚」はアドリア海の飛行艇乗りの話だったからかというと、それもありますが、それよりも、どうもイタリアの飛行機が好きみたいな気がするからです。つまりイタリアの飛行機が好きならイタリア人も好きなんだろうという、どういう理屈なんだ、と言われかねない発想です。あるいは、プロペラの設計技師で優れた随筆の書き手だった佐貫亦男さんが、イタリア人は戦争には向かない民族だから好きなんだとある本の中で書いていて、宮崎監督もそうなんじゃないのかなという気もして、するとイタリア人が好きでそれでイタリアの飛行機が好きだということになりますが・・・。いずれにしろ、宮崎監督は飛行機(それも軍用機)や戦車がお好きなようだとお見受けいたしますが、それは戦争好きとか戦争肯定とかそういうことではなく、純粋にメカニックなもののデザインが好きなんだろうと思います。ぼくの理屈ではイタリア人とイタリア機が好きならそういうことになります。

フィアットCR32
(スーパーモデル1/72)
レッジアーネRe2002
(スーパーモデル1/72)
マッキMC205V
(スーパーモデル1/72)
フィアットCR42
(レベル1/72)
カプロニCa311
(イタラエリ1/72)
ブレダBa65
アズ―ル1/72

写真は例によってぼくが下手の横好きで作ったプラ模型で1930年代〜1945年のイタリア機です。以下、写真はすべてぼくが作ったプラ模型です。また、佐貫さんがイタリア人が好きだと書いていたある本とは「世界の翼 別冊 世界のクラシック機1903−1945 朝日新聞社(昭和51年)」で、フェアリー・ソードフィッシュという第二次大戦の初期にイオニア海に面したタラント軍港を攻撃しイタリアの戦艦を3隻沈めたことで知られるイギリス海軍艦上雷撃機の解説の中で書いていました。)

フェアリー・ソードフィッシュ
(エアフィックス1/72)



空賊マンマユート団
 空賊は宮崎駿監督の代表作「紅の豚」に登場する飛行艇に乗った海賊ですが、その空賊たちの集まり空賊連合の中心にいたのがマンマユート団でした。このマンマユートは、ママ助けて、という意味なんですが、では宮崎監督はどうしてそんな名前を空賊に付けたのか・・・。そりゃ・・・ケチで貧乏だし風呂にも入らないから臭いおじさんたちにはピッタリでおもしろいと思ったからじゃないですか。そんな答えでは、おかっぱ頭で桃色の服を着た永遠の5才児だと言い張る見た目幼女に、ボーっと生きてんじゃねーよ!、と叱られます。と言って、ぼくもその理由なり経緯なりを知っているわけではなく、多分こうだったんじゃないのかなと思う、というだけなんですが、これからちょっとその話をしようと思います。ぼくが考える「宮崎駿監督はなぜ空賊をマンマユートと名付けたのか」です。プラモデルの写真がなんか怪しいと思っていたら、やっぱりまた飛行機ネタみたいですね、ガルパンまで出てきた「フィンランドの空の真珠」みたいな話でしょう、「SNOOPYの飛行機」みたいな、「シムーン 7月31日」「4年目のシムーン」みたいな話なんでしょう、どうせ。違う、断じて違う。

サボイヤS.21
 マルコ・パゴットの愛機はサボイヤS.21という単葉パラソル翼水冷単発単座7.92oシュパンダウ機関銃2丁装備の飛行艇型水上戦闘機でした。まるこぱご・・・それだれ。やっぱり訊いてきましたね、マルコ・パゴットはポルコ・ロッソの本名です。なにっ、ポルコ・ロッソもわからない、そういう人はただちにここから退去してください。ついでに前置きしておきますが、アニメでは飛行艇を"船"と呼んでいますが、紛らわしいので普通に飛行艇でいきます。ついでのついでに、あなたが航空ファンなら"ブッダに教えを説く"ことになりますが、水上で発着する飛行機のうち胴体の浮力で水に浮くのが飛行艇で、胴体または主翼の下に付けたフロートの浮力で水に浮くのが水上機です。ポルコの愛機は飛行艇で敵役(かたきやく)のカーチスの愛機は水上機です。

 飛行艇
マーチンPBM−3Cマリナー
(レベル1/118)
コンソリデーテッドPBY−5
カタリナ(エアフィックス1/72)
ドルニエDo18
(マッチボックス1/72)
スーパーマリン・ウォーラス
(マッチボックス1/72)
スーパーマリン・ストランレア
(マッチボックス1/72)
ショート・サンダーランド
(エアフィックス1/72)
 水上機
三菱零式観測機
(タミヤ1/50)
川西94式1号水上偵察機
(ハセガワ1/72)
カーチスSOC−3Aシーガル
(ハセガワ1/72)
ホーカー・ハート
(エアフィックス1/72デモンから改造)
ハインケルHe115
(マッチボックス1/72)
グラマンOA−12
(エアフィックス1/72)

 それともうひとつ、アニメにはサボイアS.21という飛行機の正確な型式(かたしき)など出てきません。原作と言われる漫画「飛行艇時代」には出てくるようです。ようです、というのは、ぼくは原作を読んでいないからで、ではどうして飛行機の型式を知っているのかというと、プラ模型です。キットの説明書に詳しく書いてあります。なんだ原作を知らないのか、プラモデルの説明書だって、と不審に思うかもしれませんが、「紅の豚」に登場する飛行機のキットを作ったファインモールド社はこだわりの強い飛行機プラ模型メーカーです。機体の解説も"微に入り細を穿つ"でその内容は信頼できます。

 では、気を取り直して・・・、あれっ、どこまで話したっけ。ポルコの飛行機はサボなんとかで・・・。ああ、そうそう、ポルコの愛機サボイヤS.21は架空の飛行機なんですが、同じ名前の機体が実在しました。やはり小型の飛行艇ですが、しかし複葉機でポルコ機には全然似ていません。(むしろジーナの飛行艇の方が似ています。)それもそのはずで、宮崎監督がポルコ機のモデルにした機体はマッキM.33という機体だったそうです。マッキM.33は高翼で主翼の上に支柱で支えた水冷エンジンを載せたレース用単座飛行艇だったから、なるほど確かによく似ています。が、イメージが違います。イメージとは機体の雰囲気のことです。

カントZ.501
 ぼくがポルコの乗機をはじめて見たとき似ていると思った飛行機がありました。それが写真の飛行艇で、カントZ.501(CRDA Z.501)といいます。もちろんイタリアの飛行機です。1934年完成して間もなく水上機の世界距離記録を樹立しています。1936年からイタリア空軍に就役した偵察爆撃飛行艇で、水冷エンジン1基をパラソル翼の主翼に付け、主翼と尾翼が木製羽布張という古めかしい構造の機体でした。

 サボイアS.21と並べるとこんな感じです。

 えっ、大きさも形も違ってる、そうです、でも、パラソル翼であることと艇体の形状から似ていると思うのが飛行機好きのセンスというものです。(本当のことを言うとマッキM.33を知らなかったんです。)ついでにカーチス機とそのモデルとなった実在したレース機、それと修理後のポルコ機も載せておきます。

 カントZ.501と並べてあるポルコ機サボイヤS.21はエンジンをイソッタ・フラスキニ・アッソからフィアットAS2(アニメではフォルゴーレ(電光)と呼んでいます)に換装する前、つまりドナルド・カーチスの乗ったカーチスR3C−0に撃墜された機体です。ちなみにエンジン換装修理後の機体はサボイヤS.21Fとなっています。キットはポルコとカーチスの飛行機はファインモールドの1/72、カーチス機のモデルとなった実在のシュナイダー杯(水上機のスピードレース)優勝機カーチスR3C−2(操縦は後にあの東京初空襲をやらかす、名前は地味なのに派手好きな典型的アメリカ人パイロット、ジミー・ドゥリトル陸軍中尉)はホークの1/48です。
 一方、カントZ.501のキットはイタレリの1/72ですが、塗装はキットの指定ではなく、1937年頃のイタリア空軍沿岸偵察第141中隊の所属機にしてあります。

マンマユート
 さて、ここからがいよいよ本題です。いつもながら余計なことばっかり書いて本題に入るのが遅いね。余計なことは書いていません、必要な準備だったんだから、チャチャを入れないでください。
 このカントZ.501には「ガッビアーノ(カモメ)」という名前がついていましたが「マンマユート」とも呼ばれていたといいます。どうして・・・。

 ぼくは「航空情報 8月号臨時増刊 第2次大戦 仏・伊・ソ 軍用機の全貌 AIREVIEW No.196 酣燈社 (定価750円)」という本を持っています。8月号臨時増刊となっていますが、この8月は昭和40年の8月です。ぼくはまだ小学生です。昭和40年に小学生が750円の本を買えるはずはなく、大学生のころ、君は飛行機が好きなんだって、じゃあこれをあげよう、と言う人がいて、もらったんですが、この本に載っているカントZ.501の解説の中に以下の記述があります。

Z.501の主翼は支柱付きの楕円翼、艇体も美しい流線形であるが、外観はかなり不格好な飛行機である。本機をはじめてみた子どもが"マンマユート"(ママ助けて)といったことから、これがそのままニック・ネームとなっていたが、一般的にはガッビアーノ(かもめ)と呼ばれていた。

 胴体と主翼は優美な曲線で構成されスマートですが、機首に銃座があったりパラソル翼の支柱にフロートを付けていたりで全体としては野暮ったく、そばで見ると主翼が覆いかぶさってくる感じがしそうで、小さなこどもなら怖がるかもしれません。

 カントZ.501の解説が載っている本をぼくは5冊持っていますが、このマンマユートの逸話が出てくるのは航空情報のこの1冊だけです。イタレリの組み立て説明書にも書いてなくて、代わりに「救助おばさん」というあだ名がついていたと書いてあります。救難機として戦後もしばらく活躍したようです。でも、マンマユートの逸話に触れているのがたった1冊だけだと、なぜだろう間違いなのでは、という疑問が脳裏をよぎらないでもありません。

 もうわかりましたよね。宮崎駿監督は昭和16年生まれで昭和40年には24歳でした。「航空情報 8月号臨時増刊 第2次大戦 仏・伊・ソ 軍用機の全貌」を読んで、マンマユートと呼ばれていた飛行艇がイタリアにあったことを知ったんだと思います。それを憶えていて空賊にマンマユートという名前をつけた。ぼくはきっとそうだと思います。ただし、原作の「飛行艇時代」ではマンマユートを、ママ怖いよ、と訳しているそうです。
 さらに想像を膨らませるなら物語に登場する飛行機の設定にこの本が少なからず関係していたんだろうと思います。たとえばカントZ.501のエンジンはイソッタ・フラスキニ・アッソ11R2C15(900馬力)ですが、カーチスにやられる前のポルコ機のエンジンもイソッタ・フラスキニ・アッソでした(ポルコ機のモデルと言われるマッキM.33のエンジンはアメリカ製のカーチスD−12。このエンジンはもちろん第二次大戦前に開発されたもので、宮崎駿監督が戦闘飛行艇のエンジンにフィアットでもアルファ・ロメオでもない、わざわざイソッタ・フラスキニを持ってきたというのは時代考証の結果だったんでしょうか、あるいはポルコの飛行機をマンマユート飛行艇カントZ.501と同じエンジンにしたのはだれも気付くことのない"監督の遊び"だったのかもしれません。ぼくにとってはニコッとさせてくれる"隠し味"でした、それが噴飯ものの誤解だったとしても・・・。


 飛行艇は第二次大戦までは多用されましたが、戦後は数を減らし今では絶滅危惧種です。日本は周囲を海に囲まれた海洋国家なので旧軍時代から飛行艇を重用し、海上自衛隊でも発足時から哨戒や救難に積極的に使ってきました。現在の装備機はPS−1に続く国産2代目の新明和US−2救難飛行艇で世界最大最高性能の飛行艇です。(新明和の前身は戦前の川西航空機です。)

川西2式大艇(ハセガワ1/72) 新明和PS−1(ハセガワ1/72)

 ところで、ぼくは水上機・飛行艇が好きでプラ模型は写真で紹介した以外にも随分と作りました。買っただけで手を付けていないキットもたくさんあります。水上機・飛行艇のなにが魅力なのかというと、飛行には邪魔になるフロートを下げたその姿がぼくにはなぜかカッコよく見えます。それにプラ模型を作る時にタイヤがないのがいい。手先が不器用でせっかちな性格のぼくはタイヤとホイールを塗り分けるのがほんとに嫌いです。一体にモールド、つまりひとつの部品として成形しないでタイヤとホイールを別部品にしてくれませんかね。(2020年 12月15日 メキラ・シンエモン)

ファインモールド1/48


模型制作と写真:メキラ・シンエモン


ベートーベン生誕250年
 今年はCOVID-19のせいで本当ならもっと話題になってもいいものがあまり取り上げられませんでした。例えば今年は何々から何年という「何々記念の年」です。西田幾多郎生誕150年だったのでぼくは「善の研究」を読んでどう思ったかについてこのHPで書きましたが、世間はほとんど関心なかったみたいです。三島由紀夫が市ヶ谷の陸自東部方面総監部で腹切して50年でした。近ごろ若い人が三島由紀夫を読んでいるらしくテレビで特集番組をやっていましたがそれだけでした。そこへいくと生誕250年のベートーベンは違います。テレビもFMラジオもクラシック番組はベートーベンばっかりでした。こないだの日曜日、NHKのEテレですごいベートーベンを聞きました。ヘルベルト・ブロムシュテッド、マルタ・アルゲリッチでピアノ協奏曲1番、ダニエル・バレンボイム、アンネ・ゾフィー・ムター、ヨーヨー・マで三重協奏曲、そしてマウリツィオ・ポリーニでピアノソナタです。ブロムシュテッド、アルゲリッチ、バレンボイム、ポリーニ、おじいちゃんおばあちゃんのベートーベン、久々に聞いてうっとりしました。来週は今月11日にあったN響コンサートでの諏訪内晶子さんのバイオリン協奏曲だそうです。ぼくの好きな曲です。これでもたまにはクラシックを聴くんですよ。(2020年 12月15日 メキラ・シンエモン)


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