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佐保路シリーズ

秋篠寺 伎芸天像 ほんとうにそうですか・・・

 如来と菩薩には性別がありません。髭を生やしていますが男性ではなくもちろん女性でもないのです。明王は・・・あの容姿だから性別を云々する気にはなりませんが、教令輪身(きょうりょうりんしん)と言って、如来が教えに導くために忿怒相を採った姿であるとされているので、明王もまた性別はないと言ってもいいようです。しかし四天王や阿修羅などが属する天と呼ばれるグループには男性と女性の区別があって、弁財天、吉祥天、伎芸天、訶梨帝母(かりていも:別名は鬼子母神)などは天女(女神)、すなわち女性です。彼女たちは悟りには関与せず現実を生きるためのご利益に特化した仏様です。現実とは物質的であり肉体的です。それで仏像に造るときに見た目は重要で、結果、仏師の自由な創作によるビジュアル系の仏様となりました。それは抹香の匂いをひと時忘れさせ、あるいは別世界へといざないます。


伎芸天像
 人気抜群の仏様、秋篠寺の伎芸天は本尊よりも大きい2メートルを超す巨像で須弥壇左端にすっくと立っています。その様子は、置くならここしかないでしょ、と仕方なく置いてあるようにも見え、反対側に同じサイズで同じ様式の帝釈天像を置いて漸くバランスを取っています。
 伎芸天は密教の仏様で技能・芸能を司り容姿端麗、つまり美人だといいます。作例は全国に秋篠寺のこの1体しか伝わっていないそうです。また何体が造られたのかはわかっていないようです。となると造られた伎芸天像はこの1体だけだったという可能性もあるのではないかという気がします。ところで、この像は本当に伎芸天なんでしょうか。以下は想像です。

 秋篠寺にいつのころからか頭部だけになって名前もわからない乾漆造りの天平仏があって、それを鎌倉時代に寄木造の胴体を補って修復することになりました。先ずは仏様の種類を特定しなければなりません。
菩薩じゃなさそうだ。如来明王ではもちろんない。どうも天女っぽいが吉祥弁財という雰囲気じゃない。伎芸天という諸芸に通じた美人の天女がいるが・・・。いいんじゃないか。では伎芸天に決めよう。
というようなやり取りが関係者のあいだであったのかもしれません。
 よくまあそんな想像を、いやむしろ空想に近い気がしますが、顔は天女でよいとして体はどうですか。菩薩スタイルで上半身がほぼ裸体に造られています。吉祥天にしろ、弁財天にしろ、どの天女像を見てもみんな全身を覆う衣を着けているのだから、鎌倉時代の修復時に菩薩スタイルの胴体を作って繋いだということは、その時は伎芸天とは考えられていなっかたのではないでしょうか。
 なるほど、それなら単体で見ないでセットのなかの1体として見たらどうでしょう。秋篠寺には伎芸天像同様に天平の頭部に鎌倉の胴体を繋ぐという仏像がほかにも3体が伝わっていました。頭部がみんな同じ様式なのでセットとして造られたと考えられます。本堂に安置されている帝釈天像がそのなかの1体ですが、残りの2体は奈良博に寄託中の梵天像および救脱菩薩像(ぐだつぼさつ)です。梵天と帝釈天は対になるので救脱菩薩と伎芸天が対になっていたのでしょう。救脱菩薩は聞き慣れない仏様ですが、薬師経に出てくる病気や苦難を取り除いてくれる菩薩だそうです。つまり伎芸天像も含めた4体がセットとして造られたとするなら、現実世界における苦悩や願望を、梵天・帝釈天は安全面を、救脱菩薩は厚生面を、伎芸天は技能面をと、それぞれに分担して引き受けて解決してくれる、すなわち現世利益に応えてくれる仏様のチームになっていると見ることは可能だろうと思います。伎芸天像の着衣は対になっている救脱菩薩に合わせたのでしょう。
 そうかな、どこか無理があるようなないような・・・。それでもぼくには秋篠寺の伎芸天像はどうしても伎芸天とは違うように思えます。ではなんだと思うのかと訊かれれば・・・、そもそもぼくには仏像に見えないんです。みなさんは仏像として観ているのでしょうか・・・。

 本堂の中にはぼくら二人だけです。伎芸天は首を少し左に傾けてやや俯き加減に、その愁いを含んだ表情がどこか切なく、見る者をうっとりとさせます。同じ高さから顔を撮った写真がありますがあまり感心せず、本来の拝観位置すなわち須弥壇の下から見上げたほうが魅力的です。それも像の真正面ではなくやや左寄りのところに立って見上げたときの顔が一番きれいなような気がします。でも、あまり見つめすぎると首が・・・、固まって・・・、ああ痛い。


 秋篠寺はどこの宗派にも属さない単一のお寺だそうですが、伎芸天のほかにも大元帥明王(大元帥は「たいげん」と読みます)という軍事専門の珍しい明王を祀っていてどこか謎めいたお寺です。ミキオ君とぼくは本堂前の東屋に腰を下ろすと来る途中にファミリーマートで買ったおにぎりをバッグの中から出しました。あれっ、お昼は水上池の予定だったのでは・・・。そうなんですが、ミキオ君がここで食べると怖い顔をしたんです。ミキオ君のお気に入りの場所だったみたいで、心が落ち着くとか・・・、おにぎりをほおばりながらのんびりとした気分を楽しんでいるようでした。(2020年12月9日 メキラ・シンエモン)

 佐保路の古刹巡りは秋篠寺の東門を出たところで唐突に終わりました。ぼくにちょっとした緊急事態が発生してしまって・・・。来年また出直しです。



写真:メキラ・シンエモン


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