24  鳥越村

白山遥拝所 二曲城跡

二曲城址
鳥越城跡から見た二曲城跡

 「二曲」の読み方はちょっと変っていて「ふとげ」あるいは「ふとうげ」と読みます。二曲城は鳥越城同様に加賀一向一揆最後の戦場でした。城主は鳥越城と同じ鈴木出羽守でしたが、鈴木氏は元々二曲(ふとうげ)氏と名乗っていたようです。

 二曲城跡は大日川を挟んだ鳥越城跡の向かいで、そちらよりも少し低い山の尾根にあります。上がるには杉木立の中を細くてくねくねと曲がった急な山道を15分ほど歩いて登ります。
 城跡に立ってみると猫の額ほどしかない狭さで、城というよりは砦だったようです。北側正面に鳥越城跡が見えています。距離は1000メートル以上ありそうだから、鉄砲や弓では到底届かない距離です。しかし、鳥越城を攻める前にこちらを先に落としたのだろうと想像するには充分な眺めです。
 持ってきたおにぎりを一つしかない座ると崩れそうなベンチに広げて、山頂からの眺めに満足しながら食べました。しばらくはぼくと友達の二人だけでしたが、食べ終わった頃、中年の三人連れが登ってきました。中の一人が、ああしんど、助かった、やっと着いた、でも、天守閣は無いねぇ、なんてのんきに言っています。ぼくはベンチの上を片付けてその人達に譲ると、崖の際まで行き周囲をぐるりと見渡すことにしました。
 南東側の重なり合った山の稜線の間から白山の頂上が見えています。半ば雲が被って薄ぼんやりとしていますが間違いなく白山です。おい、白山だぞ、と友達を呼ぶと、小走りにそばへ来て、ほんとだ、こんなところから白山が見えるのか、と言ってちょっと興奮気味です。やがて、ここでみんな白山を拝んだんだなー、と感慨深げにしています。彼の白山への思い入れは相当なものがあって、ぼくなんぞとは同日の談ではありません。
 しかし、なるほど、この下には白山別宮神社が見えています。平和な時には神社へ参拝した人がここへ登ってきて、白山を拝したというのは充分に考えられることです。昔の加賀禅定道というのは、鶴来の白山本宮(白山比盗_社)から手取川沿いを上流へ白山別宮神社、佐羅宮(佐羅早松神社)と参拝して、その先は尾添川沿いを遡ると中宮(笥笠中宮神社)、加宝神社に参拝したのち、いよいよ白山登頂にかかったのだそうです。白山比盗_社から中宮までのルート上に、白山が見えるところはここ以外には無さそうだから、多くの信徒はここで白山を遥拝したのかも知れません。
 ぼくらが白山が見えると喜んでいるうしろで、さっきの「天守閣は無いねぇ」の人達は、いいところへ来れたねぇ、と話し合っていましたが、そのうち祠を見つけて、ここにこんなものがある、と言って賽銭を上げて拍手を打つと、ゆっくりと山を降りていきました。そのあとしばらくしてぼくらも降りていくと、熟年の夫婦が登ってくるのに出会いました。こんにちは、こんにちは、と互いに挨拶してすれ違いました。

 一向一揆の古戦場を訪ねたつもりが、思わず白山遥拝になってしまいました。鳥越城跡と二曲城跡のどちらを先に行こうかと迷った末、二曲城跡を先にしたのでしたが、こうなると気分を元へ戻す努力をして、鳥越城跡へ行かねばなりませんでした。(平成13年7月4日 メキラ・シンエモン)


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