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大安寺 十一面観音菩薩立像

 当尾から奈良市内に戻ったぼくとミキオ君は大安寺を訪ねました。予定にはなかったことでした。

大安寺本堂 京都に対して奈良を南都と呼ぶことがあります。そして奈良時代に朝廷の保護下にあった七か所の寺院を南都七大寺といいます。今仮に仏像初心者のだれかに、この南都七大寺を言えますかと質問してみたとします。なんと答えるんでしょう。朝廷に関係したお寺でしょう、えーっと、東大寺、興福寺、薬師寺、それから法隆寺に西大寺、そして唐招提寺、あとひとつは・・・元興寺かな、法華寺かな、と答えるでしょうね、たぶん。惜しい、唐招提寺と法華寺は含まれず、名前のあがらなかった大安寺が入ります。(法隆寺の代わりに唐招提寺を入れる説や、西大寺の代わりに川原寺を入れるという説もあるようですが、普通は東大寺、興福寺、西大寺、薬師寺、元興寺、大安寺、法隆寺です。)
 南都七大寺に含まれるのに、他と比べて知名度のとても低い大安寺です、ということが言いたかったんですが、その大安寺は仏像を観て歩くなら絶対に外すことはできません。大安寺様式と呼ばれる個性の強い仏像群があります。こういう仏像を観るのが本当の仏像ファン。ところが、なかなか行けません。セットにしてまわれるお寺が近くになくて、大安寺はひとつだけポツンと離れているんです。


奈良市内へ フリー乗車区間
 浄瑠璃寺から再び当尾の石仏めぐりに戻り、藪の中三尊磨崖仏、長尾阿弥陀磨崖仏、東小阿弥陀石仏、大門仏谷磨崖仏を見ました。あとは帰るだけです。ミキオ君のプランは大門仏谷から少し行って「加茂青年山の家」というところからコミュニティーバスで浄瑠璃寺へ戻り、浄瑠璃寺から奈良交通のバスで近鉄奈良駅へ帰るというものでした。まだ2時半前です。浄瑠璃寺からのバスの時間まで1時間半近くありました。

 大門仏谷磨崖仏からしばらく歩いて視界の開けたところに出ると、すぐ右に「加茂青年山の家」がありました。なにかなと思っていましたが、見れば合宿もできる交流センターのようです。ここでミキオ君がちょっと慌てました。バス停がなかったんです。岩船寺門前の婆さんがくれた案内図を出して見てみます。たしかに図にはバス停が描いてあります。でも、道端にバス停の標識はなかったんです。歩いて浄瑠璃寺へ戻る時間は十分にあります。でも、案内図を見れば、今いる場所からそのまま行けばいくらも歩くことなく、朝バスで通った道に合流します。ぼくは、これだなと思いました。ぼくらは寺には戻らず合流点に行くことにしました。うまくいけば1時間早いバスに乗れます。
 浄瑠璃寺から道の合流点までバスは5分ほどです。一方、ここから合流点までは歩いて3分もかからないでしょう。時計を見れば1本早いバスが出発したころです。この辺りはフリー乗車区間、つまりどこでもすきなところで乗り降りできます。朝乗ってきたバス、サンダーバード4号と近鉄電車に見捨てられたぼくらを拾ってくれた仏さんのような、あのバスの車内放送がそう言っていました。なら、合流点まで出れば今浄瑠璃寺を出たバスを捉まえられるはずです。もし逃しても元々乗る予定のバスをのんびり待っていれば良いんです。
 すぐにバスの通る道に出ました。バス停があります。でも、反対方向です。道を横断して向こう側に行くとバス停の標識がありません。バス停がないよ、とミキオ君は悲愴な声を出します。反対側に停留所があるのだからこっちにも停まるはずです。そういう例を知っていました。っと、右のほうから坂をくだってバスがきます。予想通りです。停まってくれないんじゃない、とミキオ君はなおも悲観的です。そんなら手を挙げるさ、と言ってぼくは手を挙げました。フロントガラス上部の行先表示はJR奈良駅となっていました。

 たぶん、手を挙げる必要はなかったと思います。ぼくが手を挙げたときにはもう減速して脇に寄せながら近づいてきているように見えました。ところで「加茂青年山の家」のコミュニティーバスの停留所は、すこし離れたこところにあったようです。ぼくらは施設の真ん前にあるもんだとばかり思っていたし、合流点を目指して急いだから、わからなかったみたいです。それと道の片側にしかなかったバス停はよく見もしないで奈良交通のバス停だと決めつけていましたが、浄瑠璃寺行のコミュニティーバスのものだったのかもしれません。もしそうだったとして、確実を取ってコミュニティーバスを待つことにしていたらどうだったか。早合点でいい加減というぼくらの得意技が功を奏して、1本早いバスに乗れたのかもしれません。

 というわけで、思わぬことで時間ができました。バスの中で、これなら奈良市内のどこか一か所へ行けそうだと思いました。奈良博に行くのはどうだろうか、とミキオ君に提案すると、正倉院展ですよ、と行きたくなさそうな感じです。そりゃダメだとぼくも思います。ふたりとも関心がなかったんです。次に頭に浮かんだのは大安寺でした。こういうときじゃないとなかなか行く勇気がでないし、ミキオ君に大安寺様式の仏像を見せたかったんです。それにあの扁額も40年ぶりに見てみたかった。ああっ、しまった、バスの運転手に、ありがとうございます、と言うのを、また忘れました。ぼくはつくづく恩知らずです。

大安寺様式
大安寺嘶堂 大安寺には、大安寺様式と呼ばれる個性の強い仏像群があります、とはじめに書きました。全部で9体です。5体は観音像で残り4体は四天王像です。四天王像全てと観音像の内の3体、聖観音像、楊柳観音像、不空羂索観音像は収蔵庫に、馬頭観音像と十一面観音像はともに秘仏でそれぞれ別のお堂に安置されています。
 いずれも天平時代後期の作で、台座まで含めた檜の一木造です。作風に共通したところが見られるところから大安寺様式と呼ばれていますが、複数の作者が考えられるといいます。40年前に見た記憶ながら、実際見てみると、四天王像と観音像では作者が異なるとはっきりわかります。
 各像とも程度の差はあってもひび割れし虫食いの痕や破損も目立ち、けっして美しい仏像ではありませんが、他では見られない造形がどこか魅かれる仏像群です。四天王像は太目で彫刻が細かく邪鬼を踏まず岩座に乗ります。特に印象的なのが楊柳(ようりゅう)観音像で、激しさを抑えた緩やかな忿怒相が観音像としては珍しく、不思議な厳しさを感じさせる表情をしています。ちなみに楊柳観音という名称は寺伝によるもので、経典や儀軌には出てこないそうです。また馬頭(ばとう)観音像は馬の頭を頂部に乗せない代わりに細長い顔の馬面で、忿怒の形相が極めて異様です。秘仏だからぼくは写真でしか知りません。毎年3月に開帳があります。

大安寺へ
 近鉄奈良駅でバスを降りるまえから、まずなにか食べることにしていました。お昼に唐臼の壺で食べたのは、ぼくが早朝金沢を出るとき駅構内のローソンで買ったおにぎりだけでした。東向商店街でやっている店を探して入りました。
 ぼくらは午前と午後の二回、うまくバスに乗れたことの余韻に浸っていたと思います。4時半までに大安寺に入ればよいと考え、4時まで30分ほどゆっくりすることにしたんです。市内のことです、バスはすぐに乗れて15分ほどで大安寺には行けるだろうと考えていました。

 バス停でバスを待っています。すぐ来るはずのバスは来ません。15分ほども待ってようやく来たバスに乗りました。ちょっとヤバいんじゃない、まあだいじょうぶだろう、とふたりとも思っています。そのうち、なかなか遠いんじゃないか、と思いはじめ、まだかなダメかなと思ったところで到着です。バスを降りたのは4時半少し前でした。バス停からそう遠くないと思った大安寺は思いのほか遠く道もはっきりしないで、裏門を入ったのは4時半を過ぎていました。

秘仏十一面観音立像
 広くない境内に人影はありません。収蔵庫の扉が開いていました。頼めば見せてもらえるんじゃないかと期待して寺務所に急ぎ、これからでも見せてもらえますか、と出てきた坊さんに訊くと、坊さんは、いやー、ちょっと・・・、拝観受付は4時までなんです、もう4時半を過ぎていますし・・・、と言って、お気の毒ですという顔をしました。知らなかった、バスを待っている時点ですでにアウトだったのか、と肩を落とすと坊さんは、本堂のお参りはどうぞ、5時まで開けていますから、自由に入ってください、と言ってくれました。本堂では本尊の秘仏十一面観音菩薩立像の特別開帳をおこなっていました。

 この仏像は写真でも見たことがありませんでした。大安寺様式の仏像9体のなかでもっとも優美だといわれています。言い換えると9体のなかでもっとも普通だということです。たしかにそうでした。整った顔立ちにバランスの良いからだつきで、本尊として祀られているから、ますます普通の十一面観音像に見えます。
 まったくの空振りにはならず、1体だけでしたが大安寺様式の仏像を観ることができました。それも初めてみる仏像でした。でも、ミキオ君はずいぶんと物足りないことになってしまいました。外に出ればもう夕日が本堂の屋根より低く、遠くに見える林のすぐ上です。

嘶堂
 大安寺に「堂嘶」という扁額をあげたお堂があります。右から読むので嘶堂となり、いななきどう、と読みます。嘶とは馬の鳴声いななきのことです。この額があがっているのは馬頭観音像を安置するお堂です。実はこの額を見たかったんです。この扁額をはじめて見たとき、やるねー、と思わず手を叩きました。馬頭観音を祀るから嘶堂だなんて、ダジャレじゃありませんよ、卓越したセンスです。よく思いついたもんです。猫頭観音だったらどうなるんでしょう、またたび堂でしょうか、それとも、つめとぎ堂、まねき堂、こたつ堂・・・どれもあまり良くないですね。(猫頭観音なんてありません、例えば、の話です。)ミキオ君に、嘶堂っておもしろい名前だろ、と言ってみますが、さほど反応はありません。おもしろいと思うのは、ぼくだけみたいです。


 帰りは正門から出ました。太陽はもう向こうの山に隠れようとしていました。振り向けば門の長押に菊のご紋です。オレンジ色の光を背中に受ける帰り道は、ゆっくり歩いて行くことにします。(2017年11月30日 メキラ・シンエモン)

写真:メキラ・シンエモン


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