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当尾 大門仏谷の摩崖仏 つづき −唐臼の壺磨崖仏−

 仏像を観るとき、その様式や技法を見て、いつ頃の時代の作かというようなことを、とくに意識もせずにごく当たり前のこととして考えますが、石仏に限ってはそういうことがまったく頭に浮かびません。石仏にもやはり様式みたいなもの、彫られた時代によってスタイルや表現に違いがあるわけですが、自然の中で見る石仏はそういう鑑賞的な思考をいっさい拒否するようです。それが如来像でも観音像でも、目の前の石仏は、どれも等しく野仏(のぼとけ)、辻のお地蔵さんです。


妖怪ポスト
 わらい仏からしばらく歩くと道は竹藪混じりの林道に入ります。っと、道端に妙なものがあります。家から離して道路際に設置された郵便箱みたいな、三角の屋根の付いた小さな箱が一本足で立っています。板金製で木造藁葺屋根ではないけれど、これはひょっとして、あの有名なゲゲゲの鬼太郎の妖怪ポストというもんじゃないだろうか・・・、なんてことは、いくらぼくが鬼太郎ファンだといっても、本気で思ったりはしません。が、冗談では思います。
妖怪ポスト それでぼくよりもっと熱烈な鬼太郎ファンであるミキオ君に、これは妖怪ポストだよ、と言ってみると、ああ、ほんとだ、初めて見た、すごいねすごい、と目を丸くして、慌てて肩から下げたバッグの中をゴソゴソやって手紙を書く紙を探しはじめて・・・とはならないで、そんなわけないよ、と言下に否定してしまったのは、ちょっと残念・・・だったかな。

 それにしてもいったいこれはなんなんでしょう。全体に錆びついていて使われていないようにも見えます。手紙を差し入れる投函口はもちろん無くて代わりに、自販機みたいにコインを入れるのにちょうど良い大きさのスリットがあいていました。家に帰ってから思ったのですが、同じ林道で同じものを四つ五つ見かけたから、もしかするとこれは当尾名物「無人売り」の料金箱だったのかもしれません。つまり、竹藪があるのだから、春、タケノコの無人売りをやっているのかと。でも無人売りはひとつ100円(消費税込み)と決まっているから、100円でタケノコを売っては大損だし、やっぱり違うか・・・、いや、タケノコを小さく切ってビニール袋に入れて売れば可能か・・・、それとも100円で売るんじゃなくて・・・、もう、ここいらで止めときます。石仏がどっかへいってしまいそうです。

唐臼の壺阿弥陀・地蔵二面磨崖仏
 ミキオ君が妖怪ポストを否定した林道が終わると視界が開けたところに出ました。稲刈りの終わった田んぼが左に見えています。日差しがまともでとても暑い。汗を拭い拭い緩やかにくだる道をさらに行くとまた林道です。日光が適度に遮られて、心地よい涼しさがありがたい。林道を抜けて道が分かれているところまで来ると広見になっています。広見の山側の脇に、三つ四つ無造作に石が転がしてあって、そのうちのひとつが「唐臼の壺(からすのつぼ)」です。なんなのかというと、建物の礎石みたいな四角い石に杭でも立てるために穿ったような10センチほどの穴がある石造物です。シーソーみたいな機構の杵を足で踏んで落として脱穀に使う唐臼(からうす)というものに似ているから(穴が小さいようだけど)、そう呼ばれているんだそうです。そして広見の向こう側に「阿弥陀・地蔵二面磨崖仏」が見えています。

唐臼」の壷阿弥陀磨崖仏 舗装された道路から少し引っ込んだところに、少し張り出した岩に彫られた阿弥陀如来坐像があります。ぼくが当尾で一番見たいと思う石仏です。わらい仏と同じように上に岩がかぶさっていて雨を避けるのか、こちらも石肌は白くてきれいです。岩はやはり花崗岩ですが、細工はわらい仏には全然及ばず、それが逆に良かったみたいで、優しい目をしたにこやかな表情はどこか控えめな性格を感じさせて、好感度上位の阿弥陀さんです。右横にほかの石仏では見たことがない灯篭の線刻があって、燈明を上げるための火袋が作ってあるのがおもしろく、夜は街灯代わりになったのかもしれません。
 阿弥陀仏と地蔵菩薩の二面磨崖仏というのだから地蔵菩薩も彫られています。こちらは立像で、それが岩の左の側面、すぐに崖が迫っているところに彫ってあるもんだから、陰に隠れていてというより隠してあるみたいで、うっかりすると見落としそうです。こんな目立たない場所を選ぶなんて、なにか特別なわけでもあったんでしょうか。なんとなく気の毒に見えるお地蔵さんです。

無人売り
 さて、もうとっくに正午をすぎています。さっきからお腹もすいています。ここでお昼を食べることにしました。実はどこで食べようか、適当な場所はないかなと、わらい仏の辺りから探していました。ベンチなんてあるはずもなく、草の上は湿っているし、唯一乾いているアスファルトの道路にじかに座ろうかと思いますがミキオ君は嫌がるし、どうしようかと考えていたら、唐臼の壺の横に転がっている石が高さも大きさも申し分なく、湿ってもいないようだから、少々ゴツゴツするのを我慢すれば、ちょうどよい腰掛になります。ミキオ君は岩船寺門前の婆さんにもらったあの案内図を敷いて座ります。あんまり変わらないと思うけど・・・。背負ってきたリュックを降ろして、今朝、サンダーバード4号に乗る前に金沢駅構内のローソンで買った梅干しと昆布のおにぎりを出します。紙パックのお茶もあります。ミキオ君に、どっちでも好きな方をどうぞ、と勧めました。こういうところで食べるおにぎりは・・・、やっぱりおいしい。

 海苔をバリバリ言わせておにぎりにかぶりついているぼくらの正面に無人売りの小屋が見えています。無人売りは当尾で特徴的に見かける趣のある情景です。岩船寺の坊さんと村の人の共同企画で誕生したそうで、柿の無人売りから始まって、今は漬物なども道端に吊るして売っています。店番がいないから欲しい人は木箱か竹筒で作った料金入れにお金を入れて買っていくという、まったく人を疑わない販売システムです。人件費が掛からないから、昔からずっと、消費税の導入にもビクともしないで、ひとつ100円です。無人売り
 普通は小屋じゃなくて、木か竹で組んだ枠に神社の絵馬掛けみたいに吊るして売っていますが、ここは広見で場所が取れるからでしょう、小屋にしてその三方の内壁いっぱいに掛けています。その売っているものというのが、柿や漬物じゃなくて、ぼくもミキオ君も今まで見たことがないものです。果実のようですが緑色と黄色があって太い茎に付いています。(写真の右端に阿弥陀・地蔵二面磨崖仏が小さく見えています。)
 おにぎりを食べ終わって紙パックのお茶をチュウチュウやっていると、無人売りの小屋に年配の男の人が入っていくのが見えました。あれを買うのかな、と思って見ていると、この得体のしれないものを躊躇なく手に取ると料金箱にお金を入れたじゃないですか。男の人がこっちに歩いてきたので、それはなんですか、とミキオ君が訊くと、キツネの顔です、フォックスフェイスという観賞用の野菜ですよ、100円です、と言います。なるほどラフランスを逆さにした形で、二つのこぶが耳のように付いているからキツネの顔に見えないこともありません。食べられるんですか、と訊いてみると、ええ、たぶん・・・、と自信のないようすです。ミキオ君がスマホで調べると、茄子の仲間で毒性があると出ていました。ああ、教えてもらって良かった、ありがとう、とその人は言うと、キツネの顔をリュックに仕舞うついでにコンビニのおにぎりを出して、浄瑠璃寺の門前でおソバを食べたんですがね、どうも足りなくて・・・、と照れくさそうにして食べはじめました。
 しかし、観賞用の野菜を当尾の無人売りで売っているなんて・・・、どうも情緒のないことです。時代が変わりました。さらに、つづく・・・。


 妙なものにばかり出遭ったので、石仏のことを書いているはずなのに、なんの話なんだかわからなくなってしまいましたが、これもまた旅のおもしろさです。でも、石仏が本命です。次回は横綱級の石仏、丈六の阿弥陀磨崖仏が登場します。から、だいじょうぶ。・・・かな?(2017年11月3日 メキラ・シンエモン)

写真:メキラ・シンエモン


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