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当尾 岩船寺 阿弥陀如来坐像

 台風21号が去った翌々日、ぼくとミキオ君は当尾に出かけ、岩船寺と浄瑠璃寺のあいだの山野に点在する石仏を見て歩いたのでした。当尾は奈良市内から5キロほど、歩いても行ける距離ですが、歩いて石仏をめぐることを考えると、概ね1時間に1本しかないバスを使うことになります。そんなところへ行くからには岩船寺と浄瑠璃寺の拝観も組み込んで時間配分を考え、かつ時間に余裕をもたせた計画を立てますが、どんな計画も考えどおりにいくかいかないかは運に左右されます。そして時に不運と幸運が交錯します。


サンダーバード4号
 その日はいつもより1本早い6時7分金沢駅始発の特急、ゴードン・トレーシーの操縦しない「サンダーバード4号」に乗ったのでした。のっけからまたわけの解らんことを・・・、サンダーバードに乗ったのはいいとして、その、ゴードン・トレーシーの操縦しない、ってのはなんなの、というようなことは思わないで、ハッハハー、そりゃよかった、と笑った人がいたら、その人はまちがいなくぼくと同じで、特撮人形劇「サンダーバード THUNDERBIRDS」のファンです。笑わなかった人のためにお節介な解説をすると、サンダーバードは国際救助隊の救難機で1号から5号まであり、4号は水中救助用の潜水艇でトレーシー家の5人兄弟の四番目ゴードンが操縦します。なんだ、ダジャレか、よくもまあそんなこじつけたようなダジャレを・・・、と思うかもしれませんが、こんなことを言ってみるのにも、それなりのわけはあります。

岩船寺三重塔の鬼 昔、JR北陸線に大阪―富山間を走る「雷鳥」という特急がありました。(今はありません。懐かしいですね。)その一部の列車が大阪―金沢・和倉温泉間を走るようになり特急「サンダーバード」と名乗りました。「サンダーバード」が登場した時、JR西日本がテレビのCMに使ったキャラクターが特撮人形劇「サンダーバード」で、オリジナル版のオープニングの音楽に合わせてサンダーバード1号を操縦する長男スコットなどの映像が流れていました。ということだからJRの特急「サンダーバード」と特撮人形劇「サンダーバード」には深い関係があったんです。まして電車ではない方の「サンダーバード」の大ファンであるぼくが、サンダーバード4号といえばゴードン、と速やかに反応するのは当然かつ極めて自然です。ちなみにいつも奈良へ行くとき乗るのはサンダーバード6号なんですが、実は劇場版の「サンダーバード」の2作目に「サンダーバード6号」というのがあって、6号として登場するのはSFメカらしからぬ、第二次大戦中にイギリス空軍などが練習機としても使ったデ・ハビランドDH82タイガー・モスというレシプロ単発複座の複葉機でした・・・が、・・・全然関係なかったですね。

 ここからが本題です。ぼくが乗り込んだサンダーバード4号は金沢駅を定刻に発車し順調に走っていました。ところが近江今津あたりから速度を落としたり上げたりを繰り返します。なにしているんだろうと思っていたら、ついに駅でもないところで停まってしまいました。車内放送によると、なにかの障害があって遅れた普通電車が前にいるとか・・・。そんな冗談じゃないよ、困るよ。でも、車内は無反応、不満の声を漏らす人はだれひとりとしていません。結局、京都駅に着いたときには20分以上も遅れていました。乗り継ぎがJRの電車なら待っていてくれますが、ぼくはこのあと近鉄に乗ります。待っているはずないし、それより問題は近鉄奈良から乗る予定にしている10時11分発浄瑠璃寺行のバスです。
 予定していた近鉄の電車には、もちろん乗ることができず、そのあとの電車に乗りました。その電車でも予定のバスにはなんとか間に合うとミキオ君がメールで知らせてくれてホッとしていたら、この電車がまた5分以上も遅れてしまい、地下にある近鉄奈良駅から地上に出た時間が、ちょうどバスの発車時刻でした。しかも、うっかり出口をまちがえて、バス乗り場に近い交番のほうに出ないといけないのに、反対側の行基の噴水のほうに出ていました。
 交番の前で恨めしそうにこっちを見るミキオ君の沈んだ顔。間に合わないと知りつつ走ってきたぼくのバツが悪そうな顔。っと、交差点の信号の向こうのバス乗り場にバスが見えます。13番乗り場に112番のバス。ミキオ君もほぼ同時に見つけて、あっ、あの番号は・・・待ってるんじゃない、と言うと、少し待たされて青になった信号をふたりで赤い顔して急いで渡ります。間に合いました。

岩船寺境内の石仏 でもなんで・・・、どうして乗れたんでしょう。バスが遅れていたんでしょうか。それならぼくらが交差点を渡るまえにさっさと発車していたはずです。ほんとうに待っていてくれたんでしょうか、いや、ちょっとそれは考えにくい。じゃ、こうしてお寺をまわっているから仏様のご利益が・・・、でもぼくら仏教信者でもないし。とにかく幸運でした。こんな嘘みたいな不思議なことが起きたから、ここまで長々と細かく書いてきたわけで、やっぱりダメでしたというのなら、はじめっから全くなにも書いていません。

 ようやく落ち着いてミキオ君の顔を見れば、あれっ、髭が生えているじゃないですか、4月に来たときはなかったのに。無精髭じゃありません、顎髭でちゃんと手入れしてあります。ああっ、しまった、バスの運転手に、ありがとうございます、と言うのを忘れました。

 というわけで、今回はハラハラドキドキの出だしとなりました。まるで、次々にアクシデントが襲い、間一髪、なんとかギリギリで救助が間に合う「サンダーバード」のお決まりのストーリーみたいに・・・、と言っては大仰だし、喩の対象が変ですが、でも、実際そういう気分だったし、こうして予定のバスに乗れたからこそ、あとで思い出して笑える旅のエピソードにもなれば、ゴードンの操縦しない「サンダーバード4号」で・・・なんていう、ぶっ飛んだ書き出しも思いつきます。

岩船寺 阿弥陀如来坐像
 岩船寺の開基は東大寺の毘盧遮那仏建立に尽力した行基だというから聖武天皇の時代からある古いお寺です。
 本尊の阿弥陀如来坐像は貞観彫刻と藤原彫刻のあいだに位置する仏像だそうです。重文ですが、その引き締まった顔立ちは精悍で、しかもゆったりと落ち着いて見えます。一度見たら忘れられません。ミキオ君は、いい顔してるなー、と言います。そう、一言でいえば堂々としていい顔です。顔もいいけど、その丈六の巨体が白いのもいい。長い年月を経て金箔はほとんど剥がれ薄れて全体が白く見えます。パンフレットには行基の作とありますが、そんなわけないでしょう。
 本尊の周囲を等身大の四天王像が囲みます。この四天王像は特に国の文化財指定は受けていないようですが、ポーズは普通ながら、カチッとした深い彫りで、堂々とした本尊との組み合わせがシックリきてなかなか良い印象です。

岩船寺 阿弥陀堂 須弥壇の裏に回るとりっぱな普賢菩薩騎象像が目を惹きます。ミキオ君が、これは見たよ、と言います。岩船寺は西大寺の末寺になっているから、きっとこの夏、あべのハルカス美術館で開催された西大寺展で見たんでしょう。近ごろミキオ君は積極的にあちこちの美術館を訪ね歩いて特別展を見ています。
 そのほかにもごちゃごちゃと仏像が展示してあります。手を前に出すとセンサーが感知します、なんて書いて貼ってあるんだから、安置じゃなくて展示です。古い歴史の山寺には似合わない警備システムに興ざめですが、こういうものがこういうお寺にも必要だというのなら情けないことです。

浄土庭園
 岩船寺の浄土庭園はとてもいい雰囲気です。広さがひとり分にちょうどいい、プライベート仕様の極楽浄土といった感じです。元興寺の智光曼荼羅を思い出します。蓮池を挟んで阿弥陀堂の向かい側、真向いではなくてむしろ真横といってよい位置の、ちょっと高くなったところにバランスの良い三重塔が立っています。最近塗りなおしたらしく朱塗りに連子窓の青緑が映えています。
 この三重塔の各層の四隅の垂木には鬼(隅鬼、天邪鬼)が憑りついています(一番上の写真)。知らないとちょっと気が付かないほど小さな、垂木に大和座りでまたがる木像なんですが、単なる飾りではなく、頭と背中で隅木を支えていて構造物としての役割りをちゃんと果たしています。魔除けの意味もあるんでしょう。12体のうち少なくとも1体はたぶん代替品で、風雨に晒されて傷んだオリジナルが本堂に展示してありました。それにしても、いいですね、こういうのって。そうだ、この鬼、ストラップにちょうどいいんじゃないか、ひとつもらって・・・、ちょっと大きすぎるか、と冗談言いたくなるくらい、おもしろいですね。


 見どころの多い岩船寺ですが、特に強く印象に残ったことを書きました。と思ったら、ひとつ忘れていました。ミキオ君がぞっこんほれ込んだ石仏が岩船寺の境内にあったんです。まだ新しく見える観音像ですが、どうしたのか、なにかで壊れてしまったみたいで胸から上の頭部だけしかなく、苔むした石仏にまじって本堂裏の草むらに、とりあえず、という感じで置いてありました(まん中の写真)。ミキオ君好みの端正な顔つきです。どうせしょうもないやつなんだろうけど、と本人は乱暴なことを言いますが、そんなことを言うのは、見かけによらずシャイで繊細なミキオ君のいつもの照れ隠しです。よほど気に入ったみたいでした。次回は浄瑠璃寺です。(2017年11月17日 メキラ・シンエモン)


写真:メキラ・シンエモン


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