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近ごろは金澤と書くのがはやりです ―金沢らしさの風景―

雪の中に咲く花


 金沢市の東南部、郊外の住宅地の背後に市内はおろか日本海まで一望する、標高175メートルの野田山があります。
 山を東西に二分するように道路がついていて、それを境に東側をそのままに野田山と呼び、西側は中腹に在る曹洞宗の名刹大乗寺に因んで大乗寺山と呼んでいます。

 大乗寺山は、昔は頂上にある蓮如堂の真下まで畑があって、冬、雪が積もるとスキーにもってこいの斜面となり、ぼくが通っていた小学校では、毎年2月、スキー遠足に行きました。
 まだ市電が走っていたころで、車は少なくて雪は寝雪となっていたから、終わるとそのままスキーを履いて家まで帰ったものです。

 小学生のころスキーをした斜面は、今は大乗寺丘陵公園になっていて、早春は梅、春は桜とツツジ、初夏はアジサイ、秋は紅葉、冬は椿と1年を通して季節を楽しむことができます。
 シイやカエデに囲まれた遊歩道があって、野田山へ繋がっています。

 大乗寺山の遊歩道から反対側の野田山へ入ると景色が一変し、日本でもっとも墓が集まっているとも言われる広大な野田山墓地になります。
 その最上部は加賀藩前田家の墓所で、ほかに高山右近、銭屋五兵衛、室生犀星、鈴木大拙島田一良尹奉吉(ユン・ボンギル)などの墓もあります。
 うちのお墓もあって7年前から父がねむっています。


 写真は大乗寺山丘陵公園 上左春2014年4月11日、右夏2014年8月10日、下左秋2014年年11月27日、右冬2012年1月7日。


野田山

 ぼくの家から大乗寺山のふもとまでは1キロほどの距離です。近いから、休みの日は野田山・大乗寺山に登っています。
 運動不足にならないためのウォーキングですが、墓地の上の方にある家のお墓まで往って戻ってくると、歩く距離は4キロ半ほどになります。

 歩くコースは大乗寺山から登って野田山へ行くか、またはその逆かです。
 どっちから登るかは気分次第ですが、そのときどんな花が咲いているかを考えます。
 ちょうど今ごろ、1月末から2月初めにかけては、オウレンの花を探して野田山から登ります。
 野田山はオウレン(セリバオウレン)の一大群生地になっているのです。

 オウレンは多くの草花がまだ眠っている1月の終わりごろ、雪が薄く積もった針葉樹の林のなかで目を覚まし、松などの落ち葉のあいだからつぼみが顔を出すと、あっちにひとつ、こっちにひとつと白い可憐な花を咲かせます。
 花は小指の爪ほどの大きさで、花びらよりずっと長い剣のような形をした5枚の萼片があって、三つか四つに枝分かれした長い茎の先で咲きます。
 雌花と雄花があります。

 胃腸に効く漢方薬の黄連(おうれん)はこのオウレンの根です。


雪の中に咲くオウレン

 1月末、今年初めてとなるオウレンの花を見つけました。
 その日は朝から曇り空で、昼近くになって薄い雲の切れ目から青空が見えるようになっても気温は上がらず、山には前の日の夜に降った雪が融けることなくうっすらと残っていました。

 白い雪に白い花だから探すのは簡単ではありません。
 雪に
顔を近付けて目を凝らしてあっちへこっちへ、今年はまだかな、と諦めかけたとき、やっぱり出ていたね、と見つけたのでした。
 ひとつ見つけると次々に見つかるもんです。

 その日は、開きかけた雌花3株と開いた雄花2株を見つけました。

 毎年、その年初めてになるオウレンの花を見つけると、ぼくは、冬の終わりが始まったんだな、と密かに喜びます。

 写真は上左雌花2017年1月31日、右雄花2014年2月21日、下左雌花2010年年3月11日、右実2016年4月17日。


小さな松林

 いつもオウレンの花を探す場所は決まっていて、猫の額ほどのちいさな松林です。
 ちいさくても、そこにはいろんな季節の花が咲きます。

 オウレンの次は薄紫のショウジョウバカマが、まだオウレンがたくさん残っているうちから咲きはじめ、やや遅れて薄青のタチツボスミレなどのスミレが咲きます。
 木々に若葉が目立つころ、黄色のオニタビラコやハナニガナが咲きだし、梅雨が近づくとヤマツツジが朱色の花を付け、コバンソウがハート形をした薄緑の穂をいくつも垂れてあたりを覆い、その叢の中に薄青紫のウツボグサが小さな群れとなって咲きます。
 秋は黄色のアキノキリンソウが出て、少し寒くなってくるとオクモミジハグマの弱々しい白い花が、ほんの数株、短いあいだだけ咲きます。
 こんな場所をほかには知りません。

 写真は上左ショウジョウバカマ2010年3月18日、右タチツボスミレ2015年4月13日中左ハナニガナ2016年5月6日、右ウツボグサ2014年6月4日、下左アキノキリンソウ2014年10月23日、右オクモミジハグマ2016年10月31日。


 松林の中でオウレンはこれからだんだん花の数を増やしていきます。
 この先も雪が降る日が必ず何日かあります。
 降った雪が少ないと花に被った雪に日の光が反射して、キラリと光るととてもきれいです。
 降った雪が多ければほとんど埋もれてしまい、潰れそうになって咲いる姿は、どこかけなげです。

 オウレンは2月の末ごろから一斉に咲きだし、やがて褐色の地面を斑に白く覆います。
 それもお彼岸までで、桜が咲くころには花はおおかた散ってしまいます。

 花が消えたあとの雌株には、先の跳ね上がった鞘のような緑色の実が10本ほど、車輪のスポークのように広がって付きます。
 そして夏が過ぎ秋となって冬が来る前に、その姿のまま枯れてしまいます。


 去年の暮れお墓に供えたお正月のお花はとうに萎れて、一緒に添えてある松の枝だけが青々としています。休みの日に歩いて行くお墓ですが、月に2回ほど、母や女房を車に乗せてお花を替えに行きます。冬は月1回です。今日はお花を替えてきました。お墓からの帰り、車からチラリとあの松林を見ましたが、小さな白い花は見えませんでした。(2017年2月3日 メキラ・シンエモン)


写真:メキラ・シンエモン



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