14  金沢市

近ごろは金澤と書くのがはやりです ―金沢らしさの風景―

暗殺者の墓

島田一良らの墓 野田山墓地の入り口は自衛隊側と長坂側の二ヶ所がありますが、表玄関にあたる自衛隊側の入り口に目立って建つ六つの墓があります。これは明治11年5月14日、東京の紀尾井坂というところで大久保利通を暗殺した五人の石川県士族と一人の島根県士族の墓で、六人の50年忌に金沢の有志が建てたものだそうです。
 つまり暗殺者たちの墓なのですが、そう思って見るとこれらの墓は墓地の入り口というよりは、むしろその手前にあって、墓地内に建てることを許されずに、やむなくこの場所に建てたようにも思えます。向かって一番左の墓石には「島田一良墓」と彫ってあります。島田一良は六人の中心にいた人で、言ってみれば暗殺者グループの主犯格ですが、この名は金沢人としては憶えておかねばならぬ名前です。

 大久保利通の暗殺は維新後に頻発した士族の反乱のひとつとして知られていますが、この事件に関して通史などの記述は、文字数少なく暗殺者の名前も書いていないことが多いようです。きっと誰が殺したかはどうでも良くて大久保を殺したのが不平士族だったということが重要で、それだけで充分だということなのでしょう。
 しかし、郷土の人が起こした事件であってみればその顛末を、ちょっと詳しく知りたいという気になります。手っ取り早く知りたいという場合は、どこの本屋でも売っている司馬遼太郎さんの「翔ぶが如く」という小説を読んでみるのが良いようです。「翔ぶが如く」は幕末から維新にかけての薩摩の三人、西郷隆盛、大久保利通、川路利良のこと書いた長い小説ですが、大久保利通暗殺に関係するところは最終章の後半分で、分量は文庫本なら20ページほどですから読むのに面倒はありません。

 島田一良という人は加賀藩の足軽の家に生まれた人で、大久保暗殺の時は31歳です。幕末から維新にかけて藩がとった、どっちつかずで日和見的な態度に憤っていた島田は、県下の志士を集めて「忠告社」という政治結社のようなものを作り民権論を唱えます。これには多くの人が集まりますが、島田が腕力主義だったために賛同を得られません。そこで島田は自分で作った「忠告社」を脱退してしまい別の結社を作りますが、それも思うように行かなかったようです。
 その後、上京して西郷隆盛に会ったらしく征韓論のとりこになってしまいます。ところが「西南戦争」が起きて西郷隆盛が敗死します。それで大久保の暗殺ということになるのですが、先ずご丁寧に大久保本人に宛てて暗殺の予告をします。決行後は逃げもせず、直ちに宮内省に行き自首をしています。現代人から見れば、なんと短絡的なことをするものだ、と思ってしまいますが、司馬さんはこの暗殺は飛躍でも何でもなく、自らの命と引き換えに政治信念を示すしか方法がない時代だったと書いています。
 この事件のきわだっているところは「西南の役」の翌年に起きたということと、島田一良らの行動が最後まで実に堂々としていたということです。大久保暗殺は江藤新平らの「佐賀の乱」(明治7年)などと同様に、単なる不平士族反乱として片付けられることが多いようですが、これを最後にこの種の事件はなくなり、また、この後、自由民権運動が高まることになったといいますから、一つの時代を終わらせる幕引きのような出来事だったのかも知れません。

 ところで、司馬さんはこの「翔ぶが如く」という小説でも、いつもの独特の書き方をしていて、事件そのものに入る前に、前田利家まで遡って加賀百万石がどうの、維新直後の金沢がどうのと、くどくどと書いています。これは、金沢からどうして島田一良のような人が出てきたかという背景をはっきりさせようということですが、島田一良とは何者かという解説のためというよりは、むしろ大久保があっさりと殺されてしまったことの理由を書くのが目的で、大警視であり大久保警護の責任者の立場にあった川路利良のことを書くために必要であったことは、小説全体を読めば分かります。
 しかし、そう一義的でもないだろうという気もします。司馬さんという人は遠慮なく加賀百万石というものを悪し様に書く人ですが、ここでは特に念入りにけなしています。すなわち、司馬さんは大久保を殺したのが島田一良という旧加賀藩士だったことの理由を、加賀藩の体質に求めることで、加賀百万石というものがどういうものであったか、ということを書いておきたかったのだろうと思います。あるいは、そうすることで島田一良を弁護したのかも知れません。
 島田一良がどんな人だったのか、ちょっと会ってみたい気がします。しかし、百万石の伝統と文化を誇り、穏やかに暮らす今の金沢には島田一良はもういません。(平成12年6月10日 メキラ・シンエモン)


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