27  鶴来町

お年寄りのおもてなし 横町うらら館

 鶴来は白山比盗_社の門前町として、金沢よりも余程古くから栄えてきた町ですが、今も残る古い町並みの中に「横町うらら館」という昔の町屋があります。玄関の前に懐かしい赤いポストが立っていたりして、以前この前を通ってから、ここは何だろう、「うらら」というのは何のことなのかと気になっていましたが、もう梅雨が明けたのかと思うような7月上旬のよく晴れた日曜日、この町屋に寄ってみました。

横町うらら館
玄関に昔のポストが立つ横町うらら館

 格子が入った正面の左端が玄関になっていますが、もうかなり日が高くなっているのに大戸は閉まっています。今日は開いているはずだけどな、はて、どこから入ればいいのかな、と思っていると、ちょうどうまい具合にくぐり戸が開いて、中からお年寄りの婦人が出てきたので、ここから入っていいんですか、と聞くと、ええ、どうぞどうぞ、と言ってくれました。婦人はそのままどこかへ出て行ってしまいましたが、それならば、と腰をかがめてくぐり戸から中に入ります。
 入ると中には誰もいません。中の様子は、土間から上がる部屋には自在鉤をつるしたいろりがあるものの、新しいテレビなんかが置いてあって、はじめは普通に人が住んでいる家かと思ったほどに、生活臭のようなものがあります。ここはどういうところなんだろう、と思ってさらによく見れば、窓際などに何やら民具や民芸品のようなものが展示してあるし、パンフレットも置いてあって、それを見て漸く、ああ、民俗資料の展示館みたいなものか、と思いました。しかし、それなら誰かいてもよさそうなものです。
うらら館内部 これからどうなるのかな、勝手に展示など見ていれば良いのかな、上がってみても良いのかな、と思って土間でおとなしくしていると、さっきの婦人が戻ってきて、さあ、どうぞどうぞ、上がってお茶でもどうぞ、と誘うので部屋に上がりいろり端に座りました。が、婦人はそう言ったきりで、またどこかへ行ってしまいました。
 畳の上にはポットや急須、茶筒などが置いてあって、湯飲み茶碗もお盆に伏せてあるので、自分で勝手に入れて飲めということかと思いましたが、勝手に触るのもなんだと思い、立ち上がって奥の方へ入ってみました。立派な仏壇があって、その先の縁側で男性のお年寄りばかり数人が、障子戸を夏用の簾障子に替えていました。仕事に夢中なのか、好きにしていてくれということなのか、多分両方なんでしょう、ぼくに気がついても知らん顔です。
 しばらくその様子を見たり、庭を見たりしていると、そこへまたさっきの婦人がやってきて、こっちの部屋にしますか、でも、いま戸を入れ替えているから、向こうにしましょう、と言うので、いろりの部屋に戻って座ると、今度は、婦人は消えることなくお茶を入れてくれました。
 だんだんに様子が分かってきたし、お茶を一口飲んで、ああ、やっと落ち着いた、と思ったら、すっかりくつろいでしまって、勝手にテレビをつけて見ていると、さっきまで障子を入れ替えていたお年寄りの一人が玄関に出てきて大戸を開けました。すると、日の光が差し込むのと一緒に、わっーと人がたくさん入ってくるではないですか。みんな観光客でした。この時が開館時間だったんです。つまり、おっちょこちょいのぼくは時間を間違えて開館の15分前か、あるいはもっと前に来てしまったのに、お年寄りたちは何も言わないで中に入れてお茶を出してくれたのでした。

梁に吊ってある古い桶

 大戸が開いたので土間も明るくなったし、良い風が通っていい気持です。お茶を飲み終わってから、そう言えば展示はまだよく見ていなかったな、と思い、土間に下りて奥の方へ入っていくと、この家は間口に比べて奥行きがとても深くなっています。これは鶴来の古い町屋の特徴のようですが、一番奥に蔵があって、そこにも民具が展示してありました。 
 お年寄りの一人から聞いたところによると、なんでもこの家は江戸時代の天保年間に建てられたということで、蔵宿(くらやど)だったそうです。蔵宿というのは札差(ふださし)とも言って、年貢米を集めたり武士の扶持米を代理で売りさばいて手数料を取ったりしていた家のことで、高利貸しもしていたから、あんまり良く思われていなかった家だったんじゃないかと思いましたが、話してくれたお年寄りの口ぶりもそんな感じがしました。その後、明治になって家の人は郵便局を始め(それで玄関にポストが立っているようです)、そのあとは開業医をしていたそうです。
 それが、いつ頃のことなのか聞きませんでしたが、引っ越していったということで、空き家になったのを鶴来町が譲り受けたものの、荒れるに任せて放置してあったんだそうです。それを近頃ここのお年寄りたちが修繕手入れをして、民俗資料館のような形で開放しているのでした。(開館は4月から11月までの水曜日と土曜日曜祝日で午前11時から午後4時まで)

 しかし、ここは、民具などの展示はむしろついでのおまけで、街中の気楽な無料休憩所と言った方が似合っています。もてなしてくれるのもみんなボランティアのお年寄りで、近くから来ている人たちのようです。「横町うらら館」という名前は、「横町」は旧町名で「うらら」というのは、方言で自分のことを「うら」、自分たちを「うらら」と言うことに由来し、また、開館したのが春だったことから、うららかな春の日をイメージして付けられた名前でした。(平成13年11月15日 メキラ・シンエモン)
 


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