26  尾口村

瀬女の白山

 秋は紅葉の季節ですが、街中の公園などで見る紅葉はどこか物悲しい感じがして、時には人を感傷的にさせるのに、紅葉の名所では大勢の人が出て賑わうのだから、同じように木の葉が赤や黄に色付く紅葉も、いつも同じ秋がそこにあるわけではありません。そんな紅葉に誘われて秋晴れの野山へ出かけてみれば、紅葉も何も忘れてしまう風景に出会うこともあります。

 「文化の日」の翌日の日曜日、友達と二人して尾口村の瀬女(せな)高原に登りました。前日の雨は夜のうちに上がったものの、午前中はまだ雲が多いようなので一旦その前を通り過ぎて、先ず中宮の白山自然保護センターへ行き、それから後戻りして瀬女高原へ行くことにしました。
 白山自然保護センターは白山スーパー林道の料金所のすぐ手前で、主に白山麓の野生動物についての展示が見られます。金沢の南部からは一時間あまりで行けますが、ぼくらは途中で気に入った風景を見つけると、きまって車を寄せておけるところを見つけて、景色を眺めたりその辺りを歩いたりするから、行き着くのに倍も時間が掛かります。お昼近くに白山自然保護センターに着いて、展示も見終わったところで、このまま雲が消えていくならスーパー林道へ行くのも悪くないと思い、外へ出て空を見上げればまだかなりの雲があり、それが増えているようにも見えて、行っても雲が多いんじゃ面白くないかも知れないと、やっぱり瀬女高原に行くことにしました。

瀬女高原
手取湖  ゴンドラ山頂駅近くから

 瀬女高原は1000メートルを越える高さにあって、この時期は土日祝祭日だけ動いているゴンドラに乗って上がります。上に着いみると、来ている人はそれほど多くはありません。早速、手取川ダムを見下ろすところで食事です。食事と言っても、来る途中コンビニで買ってきた、ぼくはおにぎりとカップラーメン、友達はインスタントのカニ雑炊で、友達が用意してきたキャンプで使うガスバーナーでお湯を沸かしていると、傍を通りかかったおばさんが見とめて、ここでこんな楽しそうなことをしている人がいる、あらー、おにぎりまで、なんて言うから、早く湯が湧かんかな、と思って待っているだけの、楽しんでいるわけでもなかったぼくは、苦笑いに楽しそうな顔をして見せたのでした。
 到着が遅れたし、食事のあと遠く日本海まで見渡せる景色をのんびり眺めていたので、コース上で一番高い三村山までは、帰りのゴンドラの時間を考えるととても行けそうにありませんが、積雲が海側に少し浮かんでいるだけで、秋晴れの空の下を行けるところまで歩くだけでも楽しめそうです。心には、少しだけ、こんなに晴れるんだったらスーパー林道にしておけば良かったかしら、という思いもあります。スキー場だからスロープがありますが、ぼくらはその脇の細い山道を登りました。向こうに見える山々は赤や橙に染まっているのに、こちらは木々がすっかり葉を落としていて、ところどころカエデやツタが見られるだけです。20分ぐらい行くと東屋があってちょっと一休みです。

アキノキリンソウ ツルリンドウ

 再び歩き出そうとすると、葉のない梢の間からきのうの初冠雪で白くなったばかりの白山の山頂が見えています。あっ、見える、何が、白山に決まっているじゃないか、あっ、ほんとだ、と短く言葉を交わして歩きはじめました。
 道すがら、やはり花はもう何も咲いていないなと思っていたら、枯葉と枯草ばかりで色彩のない地面に、ぽつんと一つ、アキノキリンソウが、今年はもうこれでおしまいです、とでも言っているように少しまばらに黄色の花を咲かせていて、ツルリンドウはきれいな赤い実を誇らしげにいくつもぶら下げていました。これは夏に来れば淡い青紫の美しい花が見られるはずです。
白山山頂 しばらく登って片側が視界を遮るものは何も無い谷になっているところへ出ると、はっきりと白山の山頂が見えました。澄み渡った高く青い空には雲ひとつ無く、媛神様の坐す白い山の頂は、そこだけが浮かび上がって見え、スーパー林道から見る時の立派さは無くても、清らかで神々しいものを感じさせます。(左の写真)
 白山が見えるところではきまって饒舌になる友達は、今日は何も言わずに黙って見ているだけです。いや、何か言ったのかも知れません。ぼくに聞こえなかっただけかも知れないし、あるいは聞こえていたのに覚えていないのかも知れません。実は、自分が言ったこともあまりよく覚えていないのです。ただ、しばらくして友達が左下に見えている一里野温泉スキー場の方を指差して、あそこが加賀禅定道だ、とぼくに教えるように言ったのはよく覚えています。
 そこから更に登っていくと道はスロープと合流していて、すぐ上にリフト降り場がありました。下で貰った案内図にある展望台はもう少し先です。行ってみると白山は手前の山並みのへこんだところから、山頂だけが突き出ているように見えて、下の方まで見えていた先程の見え方の方が良かったようにも思えます。ここでまた一休み、ではなくて、もうこの先を行くだけの時間が無いから今日はここまでです。

トクワカソウのロゼット
トクワカソウ

 戻るにはまだ少し余裕があったので、その辺りのブナ林へ入ってみると、枯葉の積もった地面で、イワウチワの北陸における変種で、春に桜色の花をつけるトクワカソウの紅葉したロゼットがいくつも見られました。友達は少し先のシャクナゲがたくさん生えているところまで行って、三村山から下りてきた人と何か頻りに話していましたが、つまらなさそうな、残念そうな複雑な顔をして戻って来ると、向こうまで行ってもここから見えるのといっしょだって、と言いました。
 帰りは登ってきた道を逆に辿って降りました。もう一度白山を眺めると、西に傾きかけた秋の日を反射していっそう白く輝いて見えます。ゴンドラの駅まで降りてくると、遠くの景色はもう薄ぼんやりとしていました。(平成13年11月11日 メキラ・シンエモン)


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