33  白峰村

白山麓の「堅とうふ」 続き

 引き続き、白山連峰合衆国のメールマガジンに連載中の「堅とふう」の話です。連載の第一回と第二回は、白峰の人が出稼ぎに行った京都で豆腐の作り方を覚えてきて、村で最初の豆腐屋を始めたという話でした。それに続く第三回(第10号、7月5日)では「堅とふう」の誕生に結びつくことになるらしい、ある「出作り農家」での出来事が語られています。そこで、先ず、白峰の「出作り農家」というはどんなものなのか、簡単に見ておきます。

 平地の少ない白峰では、昔は村から離れた高い山の斜面で焼き畑をする農家が数多くあり、そうした農家を「出作り農家」と言いました。「出作り農家」には、冬は山を下りる「季節出作り」と、冬も山の中で暮らす「永久出作り」があり、焼き畑ではヒエ、アワ、大豆、小豆を順繰りに作っていましたが、ヒエを主食にしていたそうです。耕作のほかに、蚕を飼い、炭焼きをし、木挽きをして現金収入を得ていたといいます。
永久出作り農家 写真は白峰村にある「県立白山ろく民俗資料館」に移築保存されている二軒の「永久出作り農家」のうちの大きい方の家で、元は標高750メートルの山中にあったのだといいます。江戸時代中頃の建築様式だそうですが、二階建ての一階には居間、座敷、仏間があり、二階で蚕を飼っていたようです。家の周りには納屋や水車小屋もあります。
 白峰の「出作り農家」の数は、明治維新直前の1863年には「季節出作り」が200戸、「永久出作り」が180戸で、出作りをしない家は100戸だったそうです。昭和初期でも320戸ほどの「出作り農家」があったようですが、昭和40年代前半になると40戸ほどに激減して、今では完全に消滅しているとのことです。

 それでは、「出作り農家」のことがちょっと分かったような気がしたところで、話を連載第三回の内容へと移します。以下は原文を再構成して少し短く縮めて書いたものです。

 与作さんという中規模の「出作り農家」のご主人が、久々に山から下りてきてみると、村には豆腐屋が出現していました。早速その豆腐を食べてみたところ、これがとてもおいしいものでした。そこで、家族思いの与作さんは、豆腐を買って帰って家のみんなにも食べさせてやろうと思いつきます。家族は奥さんに子供が7人でした。
 与作さんの家は村から8キロほども離れていて、でこぼこな山道を上ったり下ったりしながら二時間半以上も歩くと漸く到着します。与作さんは家に着くと、豆腐を買ってきたからおつゆにして食べようと奥さんに言いました。奥さんは大喜びで背負籠の中をのぞいてみます。ところが奥さんが籠の中に見たものは、物を包む時に用いる朴の木の葉に付着している白い水滴みたいなものでした。与作さんが遠い山道を、えっちらおっちら登って来るうちに、豆腐はみんな崩れてばらばらになってしまい、どこかへ行ってしまったようです。
 奥さんはそれまで豆腐を見たことがなかったので、その白い水滴みたいなものが豆腐だと思い、あれはおつゆにはできないと与作さんに言います。それを聞いた与作さんは、豆腐が帰る途中に消えてしまっているとは露ほどにも思っていませんから、そんなはずはない、白くて四角いものがあるだろ、もっとよく見なさいと奥さんに言い返します。与作さんはちょっと怒ってしまったみたいです。

 連載の第三回はここまでです。「堅とふう」が生まれることになったきっかけは、こういうことだったのか、と自然に思わせるような内容です。そう考えて間違はないのだと思いますが、そうすると次は、豆腐屋さんの職人気質(しょくにんかたぎ)の話ということになりそうですが、どうなんでしょうか。

 ところで、先程は与作さん夫婦の対話をさらりと書いてしまいましたが、実は、今回の圧巻は与作さん夫婦の遣り取りでした。原文の会話部分はもっと長くて、しかも方言をそのままに書いてあるのですが、この方言がけっこう厳しいもので、標準語の訳がないと何を言っているのか、意味がよく分からないくらいです。しかし、それだけに雰囲気がよく伝わってきて、与作さん夫婦の誠実でちょっとのんびりした人柄もよく分かり、その場の情景が目に浮かぶようです。
 ということで下に会話部分の原文を載せておきます。( )の中の標準語訳も※印の注釈も原文のままです。では、どうぞ。

「かあや、今日じげへ行ったらとうふ屋ができちょって、食てみたらあらけにやんまいもんじゃって、買うてきたさかい、ばんげ汁にてみんなに食わしてやれよ。たびの※の中に入っちょるさかい。」(母さん、今日我が村へ行ったら豆腐屋ができていて、食べてみたらとてもおいしい物だったので買ってきたから、夕食におつゆにして皆に食べさせてあげなさい。たびのの中に入っているから。)
「あっ、しゃんか。とうふなんか、ぎらら見たことも聞いたこともないにゃあ。じゃ〜なもんな。どらい、みてみよんね。」(あっ、そうか。とうふなんか私ら見たことも聞いたこともないね。どんなものか。どれ、見てみよう。)
と言って、たびのの中をのぞいてみました。
「とっさや。とうふって、何か"ほおの木の葉(物を包むのに使う)"に白いしずくになったもんがひっついちょるが、あ〜もん汁にせいったってじゃあしょうもならんざい。」(父さんや。とうふって何か"ほおの木の葉"に白いしずくになった物がくっついているけど、あんなものおつゆにしろといっても、どうしようにもなりません。)
「しゃ〜なこたなかろが。白いけっこな四角なもんがあろが。まいっとよいに見てみいよ。」(そんなことはないだろうが。白いきれいな四角なものがあるだろう。もっとよく見てみなさいよ。)
※ たびのはガマで作った背中にかつぐ入れ物のこと

(平成14年7月7日 メキラ・シンエモン)


追記 その後の連載



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