34  河内村

不動滝

 二年前の春、友達と二人で河内村の直海谷川沿いに咲くフジの花を見に出掛けた時のことです。地図を見ていたら、近くに不動滝というのがあったので、ついでだから行ってみようということになりました。もうそろそろ見えてくるはずだが、というあたりまで行くと資材置き場があって、背後の崖の上から水が細くちょろちょろと流れているのが見えました。はじめは、これだな、と思いましたが、よく見れば、滝というよりは水漏れみたいで、あまりにしみったれた様子だし、前が資材置き場になっているのも変なので、しだいに、違うんじゃないか、という気がしてきました。しかし、ほかを探してみるだけの時間は無かったので、すっきりしない気持ちのまま引き返してきました。ということがありました。
 それから不動滝のことはずっと忘れていましたが、最近、河内村の不動滝は昔の白山修験の行場だったということをある人の話で聞き、ぼくらが二年前に見た滝は、やっぱり不動滝ではなかったようだと思っていたら、今度は、新聞に不動滝の写真が載っているのを見つけて、全然違っていたことが分かり、正確な場所も知ることができたので、早速友達を誘って出掛けてみました。

 河内村の千丈温泉へ行く途中の直海谷川沿いに板尾という集落があります。河内村名物「採石場へ通うダンプカー」に時々道を譲らねばならない狭い道を通って集落の中を抜け、谷川沿いの道をしばらく行くと、道が採石場へ上がる坂道になる直前の道端に「宿の岩、不動滝」と書いた標識が立っています。不動滝はここから1キロほど山を登っていったところにあります。
ソバナ 川原の近くに車を止め、降りようとしてドアを開けると、何匹ものアブがすかさず中に飛び込んできました。降りて車を見るとアブだらけになっています。車から出る熱に引き寄せられて来たようですが、アブは特に後ろのタイヤが気に入っているようで、巣箱の中のミツバチみたいにびっしりと群がっています。夏の川原にアブは付き物ですが、こんなにすごいのは初めてです。刺されはしませんでしたが、こういうのはあまり気持ちの良いものではありません。しかし、これも自然の中へ出掛けるということの一部なんです。

 滝に到る道は人が一人しか通れない幅で、はじめは苔の付いたコンクリートの階段ですが、すぐに真ん中10センチほどを残して夏草に占領された山道になります。左手が谷になっているやや足元注意の道ですが、下ばかり見ていないで時々顔を上げて歩いていくと、シダ植物とイラクサの類が茂った斜面に、この時期、山で見かける一番きれいな花、桔梗の仲間のソバナが涼しげな薄紫の花を咲かせていました。
不動滝 しばらく登ると小さな滝がありました。さらに行くと、今度はさっきよりももう少し大きな滝があります。友達は、これがそうか、と言いますが、新聞に載っていた写真と違っています。それに道はまだだいぶ先があります。
 そろそろ近くに来たかなと思う辺りで、道は二手に分かれていて、上手な字で書いた道しるべが立ててありました。矢印を見ると右へ曲がれば「奥獅子吼山・宿の岩」、まっすぐ進めば「不動滝」です。ちなみに「宿の岩」というのは不動滝同様に、昔の白山修験の行場だったところなんだそうです。

 滝のすぐ近くまで行くと、ひんやりとして、うそのような涼しさです。滝の全体が一番よく見えるところに「不動滝」と書いた角柱が立っていて、その上に不恰好に看板が乗せてあり、看板には「滝壷の魚を捕らないでください、観賞用に放してあります」と、ちょっと信じられないようなことが書いてあります。
 滝の周りはブナ、クルミ、カエデなどの落葉樹が鬱蒼としています。友達は、もののけ姫の世界だ、と言いましたが、ここは滝もあって秋の紅葉がきれいに違いありません。
 滝は思ったよりも大きくて、落差は20メートル以上ありそうです。滝のことを白い布をミゾホウズキ垂らしたように見えるからと、瀑布ともいいますが、目の前の滝は薄い白いベールのようで、とてもしなやかに見えます。今日は水量が少ないみたいです。
 飛び散るしぶきが少ないので、滝のすぐ真下に立ってもたいして濡れずにすみます。滝壷を覗いてみたら、とても浅い滝壷です。観賞用の魚もいません。誰かが食用に転用してしまったのか、それとも逃げてしまったのでしょうか。滝壷の前の岩陰には、しずくにすっかり包まれたミゾホウズキの黄色い花が、たった一つ、滝から吹き下ろす風に揺れていました。

 滝壷からあふれ出た水が渓流に変わるあたりにいた友達が、大きな蛙がいる、と言うので、そっちへ行ってみると、流れから突き出た石の上に、でっぷりと太った15センヒキガエルチもあるような褐色のヒキガエルが、滝に尻を向けて鎮座しています。じっとして動かないし、色艶といい大きさといい、置物みたいです。気持ち悪いからあまり近づかないで、少し離れたところから見ていますが、なかなか威厳のある顔つきをしています。滝壷には主がいるといいますが、ここは浅い滝壷だし、森の中とはいえ夜行性の生き物が昼間っから出てきて、石の上にデンと構えているのだから、このヒキガエルがここの主なんでしょう。観賞用の魚もこいつが飲み込んでしまったのかも知れません。

 涼しくてあんまり気持ちがいいので長居をしているうちに、体がだんだんに冷えてきて、寒いくらいになったので、そろそろ下に下りることにします。車にはアブが待っているはずです。(平成14年8月11日 メキラ・シンエモン)


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