2-11-KN06

近ごろは金澤と書くのがはやりです ―金沢らしさの風景―

雲を測る男 金沢21世紀美術館

21美 雲を測る男 「雲を測る男」という表題のブロンズ像が金沢21世紀美術館の丸い中央棟の屋上に載っています。男が脚立みたいなものに上がり空に向かって両腕を伸ばし長い物差しのようなものをかざして立っています。解説によると「終身犯」という古いアメリカ映画から着想を得て制作されたそうです。去年か一昨年の金沢検定の予想問題集に、この像がどっちを向いて立っているかという問題が出ていました。右の写真で見るように金沢市役所の方を向いている(後ろ姿が素敵です)のですが、芸術作品についての問いなのになんとくだらない問題だろうと思ったものです。作者のヤン・ファーブルはベルギーのアントワープ生まれで「昆虫記」の著者ジャン・アンリ・ファーブルの曾孫だといいます。ぼくにとっては彫像がどっちを向いているかより、作ったのがファーブルの曾孫だということの方がよっぽど関心があります。
 それはともかく、この彫像を見た人は何を思うでしょうか。なにも知らずに遠くから眺める人がいたら(シルヴェスター・スタローンの)「ロッキー」の銅像がなんで屋上に・・・とか、「グリコ」のロゴマーク(ランナーのゴールイン姿)があんなところにある、と思うかも知れません。「雲を測る男」だと知っていて近くから見るなら、物差しで雲を測るなんて竹槍でB―29を迎撃しようとするようなもんじゃないか、なんと幼稚な発想だろう、と思う人がいないとも限りません。また、解説には、・・・「雲を測る」という詩的な行為・・・、とも書いてあります。脚立に上がって空に向かって物差しをかざす行為のどこが詩的なんでしょう。作品の批評をしようというのではないんです。ぼくに芸術を解するセンスはありません。
 ぼくはこの「雲を測る男」を見て、雲を測る、つまり雲を観測する・・・ということは航空気象観測か・・・と,、およそ芸術とは縁遠いことを連想しました。(写真下は石浦神社側から見た金沢21世紀美術館の夜景。)


雲の観測
 航空気象観測というのは、航空機の安全運航のために、特に安全な離着陸のために飛行場で行なわれている気象観測で、1時間に一回毎正時におこなう定時観測と気象現象の変化などがあると決められた基準に従っておこなう特別観測があります。航空気象観測では、雲は風向風速、視程(見通せる距離)と並んで重要な観測項目になっています。ところで、雲の観測というのはどうやっておこなうのか・・・というようなことは、知らなくても飛行機には乗せてもらえるので、普通にはだれも関心を持たないだろうと思いますが、ちょっと考えてみてください。きっと特殊な測定器を使うんだろう、あの金沢21世紀美術館の「雲を測る男」みたいに物差しを使ってなんてことは、まさか・・・と思いますよね。そう、物差しなんぞ使うわけがありません。じゃあどんな測定器を・・・というと、測定器の類は使わずに観測員が雲の量と種類と高さを目視、すなわち目で見ただけで測ります。(目測と言うとアバウトに聞こえるので目視です。)
 雲の種類は目で見て識別するしかないし、量というのも目視で測るというのはそれほど無理なく納得できますね。でも、雲の高さを目視で・・・というのはちょっと不思議な気がするでしょう。物差しに負けないくらい、まさか、でしょうね。そんなのあまりに原始的じゃないの、どうやって目で見ただけで高さがわかるの、なんでそんな神業みたいなことできるの、と普通に思いますよね。

雲の高さ
21世紀美術館夜景 雲の高さ(雲高)というのは雲底の高度のことで、雲が出る高さは雲の種類によってだいたい決まっています。だいたいだから幅があります。場所と季節を限定すればその幅は多少狭くなります。それでもまだまだかなりの幅があるので、観測値と言えるほどに正確に測るにはある技が必要です。
 その技とは学習と経験です。長く続けて観測していると自然にわかるようになります。それは勘というようなあやふやものではなく、指先の触感のようなからだに覚え込ませた感覚です。初心者は経験豊富な観測員と一緒に観測し、この積雲は3500フィート、あっちの高層雲は12000フィートといったぐあいに教わりながら、その感覚を身に着けていくんです。
 また観測は24時間体制で観測員が交代しながらおこなうので、交代時に観測されている雲の高さを以降の観測の基準にします。インバウンド、つまりほかの飛行場から飛来した飛行機のパイロットは飛行経路上の気象状態を報告しますが、その中には飛行場周辺の雲の高さも含まれているので、それを参考にします。こうやって常に学習し経験を積むんです。
 ちなみに測定器の類は使わないと言いましたが、測定器がないわけではなく、雲にレーザー光を反射させて高さを測るシーロメータという機械や、夜間などにスポットライトを雲に当てて三角法で高さを求めるシーリングライトという素朴な装置も飛行場には設置されています。でも、どちらも真上の一点だけを測定するものだし常時稼働させるわけでもないので、測定値を参考とするなど補助的に用います。
 こうして観測した雲の高さなどが航空機の運航になぜ重要かというと、雲の種類や高さで大気の状態がわかるし、「シーリング」という離着陸の制限にかかわる値があって、それは雲の量と高さによって決まります。

 これは航空気象観測をしていたという古い友人から聞いた話です。金沢21世紀美術館の横を通りがかり、「雲を測る男」を見るたびにその友人の笑顔を懐かしく思い出します。(2016年12月12日 メキラ・シンエモン)

写真:メキラ・シンエモン


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