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近ごろは金澤と書くのがはやりです ―金沢らしさの風景―

山法師とアルキメデス


 今年、金沢の冬は雪が少なくて暖かい。と思うのは、やはり去年が大雪で寒かったからかというと、そんな比較をしてみなくてもやっぱり暖かいようです。1月12日に野田山でオウレンの花が咲いているのを見つけました。今までで最も早い発見です。その後、雪の日もあり寒い日もあって、花の数はちっとも増えなかったのが、このごろはもうずいぶんとたくさん咲いています。早く咲いたのはオウレンばかりではなく、いつもの年なら平地でも3月にならないと咲かないリュウキンカの黄色い花が、2月の中頃から標高150メートルで咲いています。家の庭ではロウバイが、名前そのままに蝋細工のような半透明の黄色の花を咲かせていて、これは冬の花だから去年と同じです。

オウレン 2019年1月12日 2019年2月9日
オウレン 2019年2月12日
リュウキンカ 2019年2月20日 ロウバイ 2019年2月6日


ヤマボウシ
 公園の木や街路樹、庭木としてもよく植えられているヤマボウシはミズキ科ヤマボウシ属の落葉高木で、漢字では山法師とも山帽子とも書きます。法師にしろ、帽子にしろ、全然そのイメージは繋がりません。拙い命名です。その花は梅雨に入る少し前に咲きますが、先が尖った4枚の白い花びらを十字の形に広げた姿は、料理で使うミキサーの攪拌羽根のような、忍者の使う手裏剣のような、いや、ガミラスが冥王星前線基地に配備した反射衛星砲の人工衛星に似ているでしょうか、でも、この花びらは花びらに見えるだけの、本当のところは蕾を包んでいた葉で、総苞(そうほう)と呼ばれていて、その一枚一枚は総苞片(そうほうへん)といいます。

ヤマボウシ 2018年5月26日 野田山 2014年5月29日 野田山

 ヤマボウシの花は総苞の真ん中に見える緑色をしたイボイボのある球状のもので、20〜30の小さく地味な花が密集していて、よほど近づいてよく見ないと花が咲いているのがわかりません。花の球は受粉して総苞片が落ちるとだんだんに膨らんできてそのままひとつの実になります。はじめ緑色をしている実は膨らむにつれて黄色になり、秋になって直径2〜3センチほどになると熟して赤くなります。集合果実で中に入っている種は1〜4個です。この実は食べることができて甘いといいますが、鳥が食べているようでもないし、食べられるようには見えなくて、ぼくは食べてみたことがありません。焼酎に浸けて果実酒にもするそうです。

ヤマボウシ 花 2014年5月29日 野田山 実 2018年8月27日 野田山
ヤマボウシ 実 2018年9月2日 野田山

 総苞片が落ちたばかりの緑色の実はたくさんの長い突起が出ていて触発型の機雷みたいな姿です。よく見ると実の表面はいくつもの多角形のブロックに分かれていて1ブロックに1突起です。花ひとつがブロックひとつのようです。この"機雷"は熟していくにつれて突起が短くなりますがなくなることはなく、ブロックの筋も最後まで消えません。それで完全に熟するころには、その表面に多角形で構成された幾何模様がはっきりして、機雷ではなくて爆縮型の核分裂爆弾、つまり原子爆弾のような感じになります。こんなことを考えるんだから、食べてみたい気にはならないはずです。

 ヤマボウシの実を機雷や核爆弾に似た姿などと言うのはぼくぐらいで、普通はサッカーボールに譬えるでしょう。機雷だの原爆だのと言っているぼくも、先ずは人並みにサッカーボールを思い浮かべます。ワールドカップに登場する変わった縫い目のボールは別として、普通によく見かけるサッカーボールは正五角形の周りを正六角形が囲んでいますが、ヤマボウシの実の表面に見える幾何模様の多角形も、五角形または六角形になっています(よく見れば四角形も少し混じっています)。あらためて写真を見てください。きっと、熟した実は赤い色をしたサッカーボールのミニチュアだ、と思うはずです。(写真:2017年8月27日 野田山)

 ところで、オウレンやロウバイの話が、同じ花の話とはいえ、いきなり梅雨入り前に咲くヤマボウシの話に、なぜなったのか。関係ないことがいきなり出てくるのはいつものことだから・・・、と別に気にならないかもしれませんが、じつは、今年はいつもの年より花が咲くのが早いのかなと考えているところへ、知り合いが、これから小学6年生の息子が入っているサッカーチームの謝恩会だ、とか言って、サッカーボールを持って現れたからで、そのときサッカーボールからヤマボウシの実を連想して思ったことを、花が咲いて実になるのを待って書くことにしたら、たぶん忘れてしまうだろうから憶えているうちに書いておこう、というのです。それにだいぶ経ってから自分で読み返して、真冬にヤマボウシのことを書いた訳がわからなくなっていたときの用心の意味もあって、ここにそのいきさつを書きました。

ヤマボウシの実とサッカーボール
 ということで、ここからが本題です。ヤマボウシの実に見えるサッカーボールのような幾何模様にはどんなの意味があるのだろうか、ということを考えようと思います。ヤマボウシの実は赤い色をしていてサッカーボールみたいな幾何模様があり食べると甘いらしい、とだけ書いて終わったんじゃ、「通りがかりの者」らしくはないでしょう。ほう、さては、機雷に原爆まで持ち出しても、まだまだ物足りないというんだな、と思うかもしれませんが、そういうことではありません。インターネットで、「ヤマボウシ サッカーボール」と検索すれば山ほどWebサイトが出てきますが、そこにアルキメデスを加えるとなにも引っかかってこないからです。「ヤマボウシ アルキメデス」でやってみても同じです。「サッカーボール アルキメデス」なら山ほど出てきます。なんのことかさっぱりわからないかもしれませんが、そのまま、とにかく続きを読んでみてください。

 ヤマボウシは総苞の中心に密集して咲くたくさんの花が受粉して、ひとつの大きな実になるわけですが、その形が球体なのはノボロギクやタンポポの種が球の形になって付くのと同じで、偏ることなく三次元の全方向に成長するからでしょう。でも、その球の表面にサッカーボールに似た幾何模様が現れているのはなぜなんでしょう。こういう話は植物学者か数学者がもう考えていて答えはとっくに出ていそうですが、どうもそういう話はなさそうで、それにこういうことって、なにかで調べるより自分で考えるのが楽しいし、見当違いの答えになったとしても、それはそれでおもしろいでしょう。実を考える前に、まずはサッカーボールです。

ノボロギク 2018年4月23日 野田山 タンポポ 2017年5月3日 野田山

 平面を組み合わせて球体を作る、即ちボールを造るとき、平面の形と数にいろいろな組み合わせがあるのはいろんなボールを比べてみればすぐにわかることですが、一番シンプルなのは、たぶん、蹴鞠(けまり)の球です。
 蹴鞠というのは、「乙巳(いっし)の変」と近ごろは言っている「大化の改新」のふたりの主役、中臣鎌足(藤原鎌足)と中大兄皇子(天智天皇)が、飛鳥の法興寺(今の飛鳥寺)で知り合うきっかけとなったという、あの蹴鞠のことで、5〜6人が輪になってハンドボールほどの大きさの球を蹴り上げ回し合うという、スポーツというより、今で言うならゴルフに当たる社交的遊戯です。その蹴鞠で使う球は円形をした2枚の革で造られています。
 造っているところを平城京遷都1300年の年に、それに合わせたNHKのテレビ番組で見たことがありますが、円形に裁断した2枚の鹿の革を円周に沿って合わせ、幅の広い馬の革の紐で綴じて袋状にし、その中に麦の粒をギュウギュウたくさん詰め込んで球らしくなるまで膨らませて、ふのりと膠(にかわ)で固めたあと麦を全部出して完成させていました。
 球に近い形に塑性変形させた革を接着剤で固めているわけで、空気で膨らませているのではないから完全な球形にはなっていないし、あまり弾まないでしょう。右足の甲で4〜5メートル前に蹴り上げるだけで地面を転がすわけでも遠くに蹴飛ばすわけでもないから、それでも良かったんでしょうね。でも、こんな球は蹴るとどっちへ飛んでいくのかわからないから、それがおもしろくて中大兄皇子も靴が脱げて飛んでいくほど夢中になったんでしょうし、中臣鎌足も中大兄皇子の靴が飛んでくるのを期待できたんでしょう。

サッカーボールとアルキメデスの立体
 野球のボールも革2枚を組み合わせて造ります。手で握る小さなボールは柄の部分を切り落としたしゃもじをふたつ左右に繋いだような形の2枚の革を、中の詰まった球に被せて縫い合わせています。でも、サッカーボールほど大きくて中に空気を入れて膨らませて球にするときは、たった2枚の革では無理なようです。そこで、サッカーボールは正多角形を多数組み合わせた正多面体を基本形にして造っています。
 正多面体は面の数の少ない、つまり丸みの少ない方から順に並べると、正三角形4個で正四面体、正方形6個で正六面体つまり立方体、正三角形8個で正八面体、正五角形12個で正十二面体、正三角形20個で正二十面体となります。正多面体は「プラトンの立体」とも言います。2000年も前に、プラトンが最初に考えたからですが、プラトンの立体はこの5種類だけで、6番目はありません。6番目がないことはエウクレイデスが「原論」という有名な著作のなかで証明済みだそうです。エウクレイデスは、昔の教科書にはユークリッドという名前になっていました。英語読みだったのを、ギリシャ人なんだからそりゃやっぱり変だろうということになったのか、近ごろはギリシャ語読みです。
 しかし、プラトンの立体で一番球に近い正二十面体でも、それほど丸くはなく、どう贔屓目に見てもボールとは言えません。プラトンの立体はたった一種類の正多角形を組み合わせたものでした。その制限を外して正多角形を2種類以上使えばもっと丸くできます。
 そこで、正二十面体には12の頂点がありますが、その頂点を削ってやると、頂点には五つの三角形が集まっているから削った面は五角形となります。このとき三角形はみっつの角がすべて取れてしまうから六角形に変わります。つまり12の頂点が12の五角形になり20の面が20の六角形になるので面の数は全部で32となります。この立体を切頂正二十面体と呼んでいます。普通によく見掛けるサッカーボールはこの立体の各面を曲面にしたものだということはすぐにわかると思います。このデザインのサッカーボールは1970年のワールドカップメキシコ大会が初登場だったそうです。
 そして、爆縮型の原子爆弾の本体もまたこの切頂正二十面体になっています。それは爆弾の表面に取り付けられる起爆装置の数が32だからです。この32という数字はいろいろ計算した結果32になったそうですが、原爆がサッカーのボールと同じ図形が基になっているなんて、ちょっとおもしろいですね。

 この正二十面体の角を落として32面体にすることを最初に考えたのは原爆を造った科学者ではなくて、プラトンの弟子、アルキメデスがとっくの昔に考えていました。プラトンの立体の角を落とした立体、つまり2種類以上の正多角形を組み合わせてできる立体を「アルキメデスの立体」といいます。半正多面体ともいい13種類あります。やっとアルキメデスに辿り着きました。

ヤマボウシの実とアルキメデスの立体
 考えているのはヤマボウシの実の形のことです。それはミニチュアのサッカーボールでした。ヤマボウシの実には、サッカーボールに似た幾何模様があるからですが、それならこの実もアルキメデスの立体を基にした形になっていると言ってもいいんでしょうか。なぜサッカーボールに似た幾何模様が現れているんでしょう。ということを考えていきます。
 アルキメデスの立体とサッカーボールおよび爆縮型原子爆弾の外形における関係に、ヤマボウシの実も加えようとしているわけですが、サッカーボールと原爆がアルキメデスの立体に結びつくのは、このふたつは人が造ったもので、ここまで見てきたようなわけがあったのだから当然のことで、それを書いたWebサイトも山ほどありますが、ヤマボウシの実は自然の造形で、形が似ているというだけでその仲間にしてしまうのは少し無理があるかもしれません。なのに、それをやってみようというのです。

 ヤマボウシの実は厳密にはアルキメデスの立体になっていません。ヤマボウシの実の幾何模様を構成しているのは、大部分が五角形と六角形ですが、たまに四角形や七角形が混ざります。また大きさもそろってはいません。しかし、気象や土壌などの自然条件に左右されて成長する植物のことでもあるし、サッカーボールに譬えたりもするんだから、数学的な厳密さをうるさく言わないことにすれば、ヤマボウシの実は、アルキメデスの立体みたいな・・・、ぐらいは、少々乱暴でも、言っても良いのではないかと思います。
 それで、とりあえず、そういうことにして、ヤマボウシの実はなぜ多角形を組み合わせた幾何模様を持つようになったのかを考えてみます。密集している20〜30の花が受粉して、そのまま結合してひとつの実になるとき、先にもちょっと書いたように、三次元に満遍なく大きくなっていくから丸い形の実になるんだと思いますが、ひとつひとつの花が互いにあまり干渉することなく大きくなっていって合体するのだとすると、その実の形は成長の途中ではちょっと角角とした感じで、アルキメデスの立体に、それも切頂正二十面体に似たものになるんじゃないかなと思います。実の表面に見える五角形と六角形からなる幾何模様はその痕跡ではないでしょうか。ハチの巣がハニカム構造になっているように、ここでも、自然はもっとも効率の良い形を選ぶ、ということなんでしょう。

ヤマボウシ 実 2018年9月16日 野田山 2018年10月3日 野田山

 ここで終わらせておけば、お利口さんで大人しい終わり方ですが、"自然はもっとも効率の良い形を選ぶ"なんていう、どこかで聞いたことのあるような、決まり文句みたいなもので適当にごまかして終わった感じで、つまり説明が足りない気がするから、もうちょっと考えてみます。"自然はもっとも効率の良い形を選ぶ"なんて簡単に書きましたが、それはどういうことなんでしょう。そこで、原子爆弾です。

 爆縮型の原子爆弾の形が12の正五角形と20の正六角形から成る32面体のアルキメデスの立体になった理由は、先にも書いたように起爆装置の数が32だからですが、この起爆装置とは一体なんなのか。そもそも爆縮ってなんのことなのか。
 爆縮型の原子爆弾は、爆弾本体を球体に造り、その中心に密度の低いプルトニウムを置いて、その周囲に配置した火薬を爆発させて圧縮することでプルトニウムを高密度にして、核分裂の連鎖反応を起こさせるという仕組みです。だから爆縮型といいますが、その爆縮用の火薬に点火するのが起爆装置です。その数が32個なのは球体の表面の何か所で火薬に点火したら良いか、爆縮の効率を計算した結果、32か所が最適となったからだそうです。それで32面体、すなわち切頂正二十面体というアルキメデスの立体になったわけです。1万分の2秒という極めてわずかな時間内で、32個の起爆装置を同時に作動させなければならないといいます。

 つまり球形のものを圧縮するもっとも効率の良い方法は、球面上に等間隔で離れている32か所から同じ力で一斉に圧力を加える、というやり方だということです。では、逆の場合だとどうなるんでしょう。内側から膨らんで球体になる場合のもっとも効率の良い膨らみ方はなんだろう、ということです。
 もし圧縮のときと同じ理屈が、膨らむ場合でも言えるのなら、中心から均等な角度で32の方向に同じ力で膨らめば、それが一番効率の良い膨らみ方ということになるような気がします。そうだとしたら、そうやって膨らんだ球は切頂正二十面体から作った球になるはずで、そうすると表面には五角形と六角形の幾何模様が現れてもおかしくはないでしょう。

ヤマボウシ 実 2018年9月9日 野田山 ヤマボウシ 2018年9月16日 野田山


 ヤマボウシは球状に密集した20〜30の小さな花が、受粉するとそのまま膨らんで合体して、集合果実と言われるひとつの球形の実になりますが、その実には五角形と六角形という幾何模様が出ているのだから、受粉したたくさんの花が結合してひとつの実になっていく過程で、一番効率の良い膨らみ方をしているのだとすれば、上に書いたようなことが起きているのかもしれません。
 ヤマボウシの実の幾何模様が、ハチの巣ほどには規則正しく並ばない少しいびつな多角形なのは、花の数が20〜30という32より少ない数なため、きちっと正五角形と正六角形になることができないからで、四角形や七角形が混ざっているもそのためだと考えれば、説明がつくような気がします。


 もうそろそろ3月で少し春めいてきました。植物は春になったらすぐ花を咲かせようと冬のうちから準備をしていて、そのお陰でぼくらは頬に吹いてくる風はまだ冬のようでも、咲きはじめた花を見て春が来たことを知ることができます。そして、春を待たずに咲くオウレンやロウバイ、東風(こち)が吹けば匂いをおこす梅の花は春がくるまでの隙間を埋めてくれているようです。
 もうリュウキンカが咲いて今年は花が早いのなら、春になるまでの隙間は短くなりそうです。そろそろ薄い赤紫のショウジョウバカマが顔を出し、オオイヌノフグリも早めに青い花を咲かせるんだろうか。(2019年2月25日 メキラ・シンエモン)

ショウジョウバカマ 2013年3月21日 野田山 オオイヌノフグリ 2018年4月13日 野田


写真:メキラ・シンエモン


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