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柳生街道 滝坂の道シリーズ

柳生街道の琥珀 忍辱山円成寺

 忍辱山(にんにくせん)円成寺は寂しい山道で偶然見つけた琥珀のようなお寺です。奈良と柳生を繋ぐ柳生街道の中ほどにあるこの古刹を訪ねたのは4月のはじめで、今年は金沢でも奈良でもあまりに早く開いてしまった桜の花が散りはじめて三日ほどになる良く晴れて気温も上がった日でした。同行はいつものミキオ君です。円成寺の背後は山号にもなっている高さ400メートル余りの忍辱山ですがその向こう側は京都の加茂で浄瑠璃寺と岩船寺がある当尾です。6年前に訪れた浄瑠璃寺岩船寺が石仏巡りとセットだったように円成寺もまた石仏巡りとセットでした。
 円成寺には運慶作の国宝大日如来坐像がありますがその拝観のためだけに行くのならバスで往きバスで帰ります。でも石仏巡りとセットなら往きか帰りどちらかは多くの石仏が点在する滝坂の道という奈良公園から円成寺までその行程のほとんどが柳生街道と重なる自然散策の道を歩きます。ぼくらは往きをバスにして帰りを歩くことにしました。滝坂の道でぼくが一番観たかったのは夕日観音でした。円成寺を午後1時過ぎに出て三時間半ほど歩くと西に傾きはじめた太陽が照らす夕日観音が拝めるかもしれないと期待しました。

円成寺 浄土庭園



円成寺
 近鉄奈良から11時48分発柳生行のバスに乗ると30分足らずで円成寺門前のバス停忍辱山に着きます。バスには7人ほどが乗っていましたがぼくらのほかにここでバスを下りたのは付近に住んでいるらしい婆さんとぼくと同じような年に見えるリュックを背負った男性でした。男性はバスを降りるやいなや迷うことなく来た道を戻るように歩いていきました。ぼくらはバス停からすぐの東門から円成寺に入りました。
 左に浄土庭園の池を見ながらしばらく歩くと右に石段があって見上げたその上に「忍辱山」の扁額を揚げた楼門です。もう少し行ったところの右に拝観入口がありました。500円の拝観料を払ってパンフレットを受け取り顔を境内に向けると、あれれっ、工事している、本堂の周りの溝にセメントを塗っているのが見えました。ワゴン車が停まっていてドアには美術院と書いてあります。雨水を流す溝の工事ながら古刹ともなると職人さんも美術院の車で来るんでしょうか。もっとも美術院とはなんのことかは知りません。境内には工事の人のほかは誰もいないようでした。平日だったし円成寺の拝観は紅葉の美しい秋が人気です。

円成寺本堂

本尊 阿弥陀如来坐像
 円成寺の本堂は仏堂らしくない神社の拝殿のような外観ですが内陣に太い四本の柱を立てた立派な阿弥陀堂です。そんな本堂の本尊はもちろん阿弥陀如来で定朝様式の藤原仏です。結跏趺坐に組んだ足の上で定印を結びます。丈六仏ではなく半分の大きさで頬がパンパンに膨らんだ童顔ながらどこか丈六仏の貫禄を感じさせます。それは本堂内陣が典型的な阿弥陀堂だからかもしれません。四本の柱に描かれた絵は二十五菩薩の阿弥陀来迎図で色褪せてはいますが美しい供養菩薩の姿が鮮やかに残っています。いつまでも眺めていたい美しさ。

先客
 ご本尊の裏には回り込める照明のない薄暗い空間があっていくつもの仏像が安置されています。聖徳太子二歳像や空海像まであります。昔々大学生のころ来たとき運慶作の大日如来坐像ははっきり憶えてはいませんがここに置かれていたようです。
 ぼくらが本堂に入ったとき、実は、三人ばかリ先客がいました。男性二人に女性一人です。三人はこのご本尊裏に置かれた仏像のなかの1体で1メートルほどの大きさの如来像の顔を懐中電灯で照らして、どうですなかなかでしょう、そうですねなかなかです、しかし文化財指定はないんです、そうなんですか指定があってもいいほどですよ、なんて遠慮のない音量で話していました。なかの案内役らしい男性がぼくらに気が付いて、どうも・・・、と作り笑いして言うのでぼくも返事のつもりでちょっとおじぎしました。そのうち三人は出ていきましたがさっきのどうも君がまた、どうも・・・、というのでぼくもまたちょっとおじぎしました。そのまま見ていると三人は本堂前に停めてあった美術院のワゴン車に乗り込みました。ああ、そうだったのか、工事の人が乗って来たんじゃなかったのか、そうだよねぇ、そんなはずはないか、それにしてもあの三人は何者だろう、車を駐車場に置かずに本堂前まで乗り付けてなにをしていたんだろう、物を運んできたというわけでも運び出すというわけでもなかったようだし、調査という風でもなかったが・・・と思ってすぐに忘れて柱絵に戻りました。


 しばらくして柱絵をいつまでも観ているわけにはいかないからと本堂の外へ出れば工事の人は相変わらず溝にセメントを塗っていました。この天気ならセメントもすぐに乾くでしょう。ぼくらは池の縁を回って対岸に楼門が正面から見えるところへ行きました。好い眺めです。深い山の中のお寺にいることを忘れさせる美しい浄土庭園です。円成寺は寂しい山道で偶然見つけた琥珀。紅葉の秋ならオパールでしょうか真珠でしょうか、いいえ、やはり琥珀です。(2023年4月9日 メキラ・シンエモン)

次回は青年運慶が彫った国宝の大日如来坐像を観ます。


写真:メキラ・シンエモン


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