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スーパー林道の歩行者天国

蛇谷大橋 五月二十四日と二十五日の二日間、白山スーパー林道の一部区間を歩行者天国にして「白山グリーンデー」という催しがありました。
 普通、歩行者天国といえば、道路から車を締め出すと、テーブルやら椅子やら持ち出してきて飲み食いし、ひとしきり騒いだあとに大量のごみを残す、ということをしますが、深い山の中を通る有料の自動車専用道路である白山スーパー林道で、そんなことをするわけがありません。
 では「白山グリーンデー」の歩行者天国とは何なのかというと、今はまだ冬期閉鎖中で六月一日の開通に向けて準備中の白山スーパー林道の、中宮料金所から蛇谷(じゃだに)の姥ヶ滝(うばがたき)駐車場までの間をハイカーに開放して、新緑の中を歩いて楽しんでもらおうというものです。
 本来は歩行者通行禁止の白山スーパー林道を、一部分にしろ歩くことができるというのだから、これは是非出かけてみなければならないと思い、二日あるうちの初日に、いつもの友達と連れ立って行ってきました。

 車で行けるのは一里野温泉までで、その先は無料のシャトルバスに乗って、小さな食堂兼売店のある中宮レストハウスまで行きます。中宮レストハウスの駐車場でバスを降りると、ひとまず白山自然保護センター中宮展示館を目指して歩きました。
 さわやかな新緑にタニウツギの桃色とヒメウツギの純白の花が映える谷川沿いの道を、森の中から響いてくるトットットトトトトーという、啄木鳥(たぶんアオゲラ)が木に穴を開けている軽快な音を聞きながら、十分ほど歩いて中宮展示館に着くと、駐車場にはいくつもテントが張ってあって、すでに大勢の人が集まっていました。

タニウツギ
ヒメウツギ
ノビネチドリ
ハナイカダ
ヒトリシズカ
ヒメシャガ
ニシキゴロモ
タチカメバソウ
マイヅルソウ

 午前十時と午後一時の二回、ボランティアガイドによる解説付きの自然観察会があります。朝の八時過ぎに金沢を出てきたぼくらは午前の回に間に合ったので、三つあるグループのうちの主に植物を観察するという40人ほどのグループに加わりました。どのグループも参加者の大半はいわゆる中高年で、若い人はほとんどいませんが、ぼくらの加わったグループには、父親に連れられた小学生の姉弟が混じっていました。このお父さんは偉い。
 ぼくらのガイドさんは、お姉さんと呼ばれなくなったのはつい最近のことです、ということでもなさそうな女の人でしたが、歩き始める前に、途中からほかのグループに行っても良いですよとか、無理について来ることはないんですとか、あらかじめ言ってくれたのは、途中で脱落することがかなりの確率で予想されるぼくらには、たいへんありがたいことでした。

 中宮展示館から姥ヶ滝駐車場までコースの距離は5キロほどで、しりたか滝、赤石の滝、岩底の滝、かもしかの滝、姥ヶ滝という五つの滝と蛇谷大橋(一番上の写真)があり、道は緩やかな登りになっていて、車でサーっと通ってしまってはもったいない、ゆっくり歩いて景色を楽しむのにもっとも適した区間です。
 ぼくらのグループは、花を咲かせている植物があると立ち止まってガイドさんが説明するということを繰り返すので、ほかのグループよりもゆっくりと進んでいきました。
 参加者の中にはガイドさんの説明をいちいちメモしている熱心な人がいるかと思うと、いっぺんにはたくさん覚えられんね、欲張るとひとつも覚えられんさかいに、覚えるのはひとつだけにしておくまいか、などと言い合って、一番簡単な花の名前をひとつ選んでブツブツと何度も復唱し、自らの記憶力の範囲内で満足しようという人たちもいます。
 ガイドさんが何か花を見つけて説明しだすと、熱心にメモを取っている人も、花の名前をブツブツやっている人も、なになに、どこどこ、という顔できょろきょろし、花に群がり囲いができます。
 ぼくらふたりはそういう仲間に入るのは苦手なので、囲いが解かれて誰もいなくなるまで待ってからゆっくり花を見るのですが、その間にガイドさんはみんなを引き連れてずいぶん先まで行っています。あるいは渓谷の景色を眺めていると、やはり置いてけぼりを食ってしまいます。
 そうなると遥かかなたを行く一行のあとを小走りに、それで間に合わなければ走って追いかけるのですが、一二度ならともかく何度もそれを繰り返していると、だんだんに疲れてきて、それに汗も噴出すので、岩底の滝あたりでとうとうあとを追いかけるのはやめてしまいました。
 もっともグループから外れたのはぼくらだけではなく、はじめは団子状態だったのが、かなり散らばって歩くようになっています。ほかの二つのグループも同様で、白山スーパー林道をのんびり歩けるまたとない機会であってみれば、自然観察も良いけれど、初夏の渓谷をゆっくり眺めて歩きたいという人も多かったのだろうと思います。
 もちろんはじめから単独で歩いている人たちもいるし、ぼくらのあとから到着して歩いてくる人もいて、コース上はまんべんなく人が散らばっているという感じです。

 ちなみに、ぼくらが脱落するまでにガイドさんから説明してもらった植物は、枝の内部が空洞なのでウツギ(空木)という名の付いたタニウツギ、同じくヒメウツギ、食用にする胡桃で長い花穂を垂れているオニグルミ、渓流沿いの斜面で水平に張った枝一面に白い花を咲かせているミズキ、白い小さな花を円錐形に積み上げたように咲いている実がとち餅の材料となるトチノキ、山地に咲く可憐なランの仲間ノビネチドリ、葉の真ん中に緑色の小さな花が咲くハナイカダ(写真は雄花)、穂が狸の尻尾に似ているというので名前が付いたタヌキラン、こいのぼりの矢車に似た大きな葉のヤグルマソウ、雉の筵の意味だという黄色い花のキジムシロ、美しい白い花序を静御前にたとえたヒトリシズカ、小型のシャガで薄紫の花が美しいヒメシャガ、淡い紫色の花は比較的地味なニシキゴロモ、ちいさめの白い花が二つ並んで咲くニリンソウ、背が高い大型のスミレで薄紫の花がきれいなオオタチツボスミレ、草餅にするとヨモギよりおいしいというオオヨモギなどでした。(ガイドさんがこのように説明したということではありません。)

 ぼくらがようやく終点の姥ヶ滝駐車場に着いたときはもうお昼時で、谷へ下りていくと、タチカメバソウやマイヅルソウのかわいい花がたくさん咲く林の中では、あっちでもこっちでもたくさんの人が弁当を広げていました。
 渓流沿いを滝の方へ歩いていくと、午後も一時からガイドをしなければならないガイドさんが、向こうから急いで戻ってくるのに出会いました。ガイドさんはぼくらを見て、どうも、さっさと先へ行ってしまってすみません、と言うので、ぼくは恐縮して、いいえ、そんなことはありません、と答えましたが、ガイドさんはかなり焦っている様子で、昼の弁当も食べていないのではないかと思われて、とても気の毒な気がしました。

姥ヶ滝  滝の前は足の踏み場も無いというほどではないにしろ、通行に支障があるほどに大勢の人が腰を下ろしています。滝の正面に親谷の湯(おやだにのゆ)という露天風呂がありますが、こう人が多くては裸になって入る人もいません。温泉を引いている筧の横を通ると硫黄の臭いがしていました。
 姥ヶ滝という名前は、水が均等に薄く膜のように広がって流れ落ちる様子が、老婆の白髪を振り乱しているようにも見えるところから付けられたといいますが、下から見上げるとこぶこぶの急な斜面を水がいく筋にも分かれて流れ落ちていて、最後は蛇谷川に垂直に落下しています。
 滝のしぶきを被りながら、やっぱり夏は滝に限るね、海よりよっぽど涼しい、と友達が言い、ぼくは緑に囲まれた流れのそばが一番気持ちがいいと思ったのでした。(平成15年5月29日 メキラ・シンエモン)




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