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ラストワンデー walk in the rain

 11月10日に今年の営業を終えて閉鎖された白山スーパー林道では、その次の日の11日に「ラストワンデー」という、石川県側の中宮料金所から「姥が滝」までの約5キロをハイカーに解放するイベントがありました。
白山スーパー林道 半年前の5月、白山スーパー林道が開通する前、今回同様に白山スーパー林道がハイカーに解放された「白山グリーンデー」に友達と参加していたぼくは、この「ラストワンデー」も歩いて、白山スーパー林道の「始まりと終わり」を体験してみたいと思いました。
 運良く「ラストワンデー」の日は仕事を休めることになって、いつも一緒にそぞろ歩きに出かける友達も行けそうだと言うから楽しみにしていたら、その日が近づくにつれてだんだんに否定的になってきていた天気予報が、とうとう前日には明日は確実に雨だと言うし、友達は友達で急ぎの仕事が入ったから明日は行けそうにない、どうせ雨だからお前も行くのをよせ、なんていうことを言ってきて、これは行っても面白くはないかなーと思ったものの、一度決めたことはやらないと気が済まないという厄介な性分なもんだから、天気予報通りになった雨の中を一人で出かけていきました。

 時折激しく雨の降る道を1時間以上も走って、10時過ぎに中宮料金所の数百メートル手前にある白山自然保護センターの中宮展示館に着くと、手前側の駐車場にはいくつものテントが張ってあって模擬店が出ています。
 向こう側の駐車場に車を置くと、用意してきた合羽の上下を急いで着て、トレッキングシューズに履き替えデイパックを背負い、デジタルカメラは首から提げて雨に濡れないように懐に入れ、帽子も被ってと準備を整え、傘をさして中宮展示館から姥が滝の駐車場までの往復約10キロを歩き始めました。
ニホンザル 歩き始めてすぐに猿が数匹、道路を横切っていくのが見えたかと思うと、頭の上でキィーキィーという鳴き声が聞こえたので、そっちを見上げると、木の上で大きな猿が一匹、唇を剥いて白い歯を見せているじゃありませんか。
 なんだなんだ、今日は車が通らない代わりに人間がぞろぞろと歩いているじゃないか、ああ、そうか、紅葉のシーズンが終わっちまって車が通らなくなったから、今日は車も持てない貧乏人がやってきたんだな、するとおいしい物は持っていそうにないね、それにしても紅葉もほとんど散ったこんな雨の降る寒い日に、わざわざ歩きに来るなんて物好きな人間もいるもんだ、と猿が思っていたかどうかは分かりませんが、なんなんだ、こいつらは?という顔付きで、抗議するようにキィーキィー鳴いている猿でした。

しりたか滝 さすがに歩いている人は多くはありませんが、みんなぼくと同じ格好をしているところを見ると、悪天候を了解の上で用意周到に準備して出てきた人たちで、よほど自然の中を歩くのが好きな人たちばかりなんでしょう。それともぼくと同じで、ちょっと変わった人たちなのかもしれません。
 5月に歩いた時にも思ったことですが、料金所から姥が滝までのこのコースは本当に歩くのに適しています。登りが緩やかな上に、途中に滝がいくつもあって見どころが多く、車でサーと通り過ぎるのは勿体ない区間です。
 今日はあいにくの雨ですが、この雨のお陰で滝はいかにも立派な様子で大量の水を落としているし、山肌には急斜面を流れ落ちる雨水が集まってきて、にわか滝となった白い筋がいくつものできているのが見えます。その滝が流れ込む尾添川の水が濁っているのは仕方のないことです。(写真はしりたか滝)

白山スーパー林道 紅葉はもちろんもうほとんど散ってしまって、木の葉を落とした周囲の山々は丸坊主ですが、それは分かっていて出かけてきたのだから、がっかりする必要もないだろうと構えていたら、がっかりするどころか、ああ、これも素敵じゃないか、と意外だったというのは、まだ散らずに紅葉が残っているところは、雨に濡れて赤や黄の葉が鮮やかに輝いているし、二週間前には山一面を覆う紅葉の中にあってしょんぼりしていた杉や松など常緑針葉樹は、冬枯の林の中で自らの存在を誇示するように、雨に濡れた緑の葉を明るく光らせていて、とてもきれいなのです。
 今日は一人だったし、雨が降っていても道路は舗装されているから歩くのも楽で、どんどん先へ進んで何人かを追い抜いて気が付けば、前にも後ろにも人影はなく、ぼくは雨の路上でひとりぼっちになっていました。

白山スーパー林道 姥が滝の駐車場まで行くと、滝壺に下りる道が今日は閉じられています。開いていればきっと下りたものを、と思いながら谷を見下ろすと、すっかり葉がなくなって枝と幹ばかりになった木々の根元は、自らの落とした枯葉に隙間なく覆われています。
 雨で濡れてぐっしょりしていることが分かっているのに、なぜか落ち葉の上を歩けばカサカサと乾いた心地良い音がするような気がして、降りていってその上を歩いてみたい衝動に駆られました。下へ降りることができなくて本当に残念でした。
 降る雨の中に立って眺めていると、初めは、ああ、きれいだなと思ったその風景が、だんだんに寂しいものに見えてきて、そのうち、なんだかちょっと物憂げに感じられるようになり、今歩いてきた道を振り返って見れば、やはりだれも歩いていません。前を見ても同じです。そして、この物憂いような風景にはひとりぼっちがよく似合うと思ったのでした。

ツアー客 雨の中では持ってきたサンドイッチを食べることも嫌に思われたので、そのまま引き返すと、5月の「白山グリーンデー」の時と同じように、下からどんどん大勢の人が上がってくるのに出遭いました。
 みんなツアーのバッジを付けています。ちゃんと合羽を着ているし、傘をさしている人もいて、結構楽しそうな顔をして登ってくるのを見れば、遠くから観光バスで来る人たちには、この天候もたいして関係ないのかもしれません。この人たちの目には紅葉の終わった雨の白山スーパー林道はどう映っているのだろうか。

 中宮展示館に戻ってくると、とっくにお昼を過ぎていました。お腹が空いていたので、どうせならなにか暖かいものを食べようと思って模擬店の方へ行くと、かわいい女の子が白山一里野温泉と襟に文字を入れた桃色のハッピを着て、ストーブでお餅を焼いているのが見えました。
 お餅はぜんざいに入れるもので、一杯百円だと言うから頼んでみると、おわんに入って出てくるものとばかり思っていたのが、使い捨てのコップだったので、ちょっとびっくりしました。道理で一杯百円な訳です。
 割り箸に挟んだお餅を歯で噛みちぎり、つぶし餡の甘い汁をすすりながら、お餅を焼いている女の子があまりに一心不乱なのが面白いと思って眺めていたら、これはおいしく焼けた、絶対おいしい、とその子が突然叫んで顔を上げ、ぼくと目が合った途端に、もうひとつどうぞ、と元気よく言うもんだからぼくも、それじゃ、もうひとつ、と答えて空になっていたコップを差し出しました。お餅は確かにおいしく焼けていました。(平成15年11月13日 メキラ・シンエモン)




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