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近ごろは金澤と書くのがはやりです ―金沢らしさの風景―

あんずと春の嵐

 兼六園の雪つりが取り外されると金沢の町に春が来ます。個人的には野田山(大乗寺丘陵公園)であんずの花が咲くと春になったと思います。桜より先に咲くあんずの花は春の兆し。今年の開花は・・・。


 今年の金沢の冬は、去年が早くに暖かくなっていたこともあってか、長くて寒かったと感じました。雪の日も多くて一回に降る量は少なめだったものの積もっては融けまた積もっては融けが何回あったことか。雪が止んで家の前の雪すかしに出ると隣家の奥さんも出ていて、降りましたね、もう降らないでしょう、また降りました、これで終わりでしょう、今度こそもう降らないでしょう、もう終わりにしてほしい、これで本当に最後、などと決まり文句で愚痴り合っていました。3月に入っても暖かいと思う日はあまりなく18日なんて2月に逆戻りしたような寒さでした。(18日ぼくは3回目のワクチンを打ってもらいにかかりつけ医に行きました。肩に打つのに楽なようにと半袖シャツだったのは失敗で、上にダウンを着ていてもスウスウしました。)

 それでも雪が融け次の雪が降るまでの束の間に野田山の松林へ行き、地面を覆う枯れた松葉の間からオウレンが顔を出していないかと探してみれば、何度目に行ったときだったのか1月の終わりごろには開きかけた小さな蕾を見つけることができました。まあこれは平年並み。では、同じ野田山の大乗寺丘陵公園の遊歩道の脇にたった1本で立っている「孤高のあんず」はというと、気温の上がり方が全然足りないのかいつもならそろそろ花が満開となる3月の20日を過ぎても蕾を固く閉じたままでした。咲こうという気はまったくない。



  あんずよ
  花着け
  地ぞ早やに輝やけ
  あんずよ花着け
  あんずよ燃えよ
  (金沢市内の犀川に架かる桜橋下流の河畔に建つ室生犀星の詩碑)


 3月26日は犀星の命日です。休みの日だったからいつものように朝のウォーキングで野田山に登り遊歩道脇のあんずの木を見れば蕾は蕾のまま、でも花びらの淡いピンクがわずかに見えていました。開くには気温の蓄積がまだ少し足りないんでしょう、開花までもうちょっと。
 犀星の墓は野田山墓地にあります。同じ野田山に1本だけ生えているあんずの木、墓のすぐ近くというわけではない、むしろ違う場所という方が正しいほど離れていますが、それでも野田山に生えるたった1本のあんずの木なんだから、冬が長かった年でも命日にはたとえ一輪でもいいから花が咲いていればなぁ、と思うのは人情というものです。でも植物だからあんずは知らん顔、いえ、自然の掟(おきて)に従います。
 この日は午後になって吹きはじめた南風がだんだんに強まり、ついには台風並みになって時折雨も降る大荒れの天気となりました。フェーン現象で気温はぐんぐん上がりとうとう25度を超えてしまいます。春の嵐、季節外れの夏日をつくる。

 次の日、昨日に続いて仕事は休みだったから昨日に続いて野田山へ出かけました。風は夜半にはもう収まっていましたが明け方まで雨は降っていたらしく、昨日の嵐で折れた街路樹の枝が車に轢かれて散らばる道路は濡れています。出かける前から、昨日の夏日であんずは一気に気温をため込んだはず、きっと花が咲いているに違いない、と睨んでいました。なんとなくちょっとわくわく。なにかしら期待を抱いて歩くなら単調なウォーキングも楽しくなります。そして・・・。

 ああっ、やっぱり咲いていた、と思わず声をあげました。あんずが咲いています。ほんの少しまだ一分咲きですが未明まで降っていた雨の雫を花びらに載せてちょっとおしゃれです。水もしたたるいい女。昨日のうちに咲いていたに違いない、犀星の命日にぎりぎり間に合った、こいつ気を揉ませて・・・。
 たかがあんずにそんなに興奮することもないのですが、にらんだとおりフェーン現象で気温が一気に上がって条件が満ちたから咲いたんだ、なんていう賢しいことは思わない代わりに、野田山のあんずは寒かった今年も犀星の命日に花を咲かせている、さては植物にも人情はあったか、と思わないではいられませんでした。



 ちょっと遅めの春・・・でもないか、近くの高校の校庭で桜の蕾が膨らんでいます。3月中にも咲きそうです。近年季節は迷走する。ともあれ今年の春が来ました。いけない、タイヤをまだ交換していなかった。(2022年3月28日 メキラ・シンエモン)



 4月2日にほぼ満開になりました。(2022年4月3日 メキラ・シンエモン)


写真:メキラ・シンエモン



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