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佐保路シリーズ

西大寺愛染堂 肖像彫刻の最高傑作 叡尊像

 禅宗の高僧の肖像(彫刻でも絵画でも)を頂相(ちんそう)と呼びますが、頂相に限らず高僧の肖像を仏像に含めるかどうかについてはいろいろ意見があって・・・なのかと思ったら、なんの意見もなく議論もないようで、仏像と言うからにはそれは仏すなわち如来の像を指しているのですが、菩薩像や明王像はもちろん天部像までを一般の人だけでなく日本美術の専門家も愛好家もお坊さんでも、なんのためらいもなく普通に仏像に含めていて、言葉と意味の関係にだれも拘りはないみたいです。でも宗教家あるいは信仰者として生身の人生を送った実在の人物の姿を写した彫像や絵画を、阿弥陀像や観音像などを観るときの同じ気分で観ることはやはりできないでしょうね。


愛染堂
 本堂を出てそのすぐ隣で直角に向いて建つ愛染堂に入ると受付の人は折り目正しい感じの女の人で、愛染明王様の前立(まえだち)の左に国宝に指定されています興正(こうしょう)菩薩様の像がお祀りしてございます、と、ずいぶん誇らしげな様子で毅然として言うから、ぼくとミキオ君は思わず、はぁそうですか、では謹んで拝ませていただきます、と畏まって、ちょっと腰をかがめて頭を下げて奥へ進みます。

愛染明王像
 愛染堂のご本尊はもちろん愛染明王です。重文ですが西大寺で一番よく知られている仏像と言ってもよいかもしれません。この愛染明王像は叡尊(えいそん)の稔侍仏で元寇の折、敵国退散の霊験があったといいます。侵略者を退けるための祈祷がなぜ愛染明王なんでしょう、というようなことは気にしないで素直に観れば、厳しい忿怒の表情に顔も身体も真っ赤で極めて恐ろしくその迫力に圧倒され・・・、というのは写真で見たときの話で、というのは秘仏だからで、実物は高さ30センチほどと小振りでむしろかわいい感じです。精緻な彫刻が写真を実際の三倍ほどもあるように見せています。実物は年に一度の開帳期に来なければ拝めません。それが半月近く先でした。なら半月後に来たらよかったのに・・・。そうなんですけど、いろいろ都合があって、趣味の日帰り旅行もほかの諸事同様になかなか思うようにはいきません。
 ちなみにお前立は厨子の中の愛染明王像そっくりに彫られているのですが、蝋燭やら線香やらの煙ですっかり煤けてしまって、だから真っ黒でイメージがまるで違って、やはり真っ赤じゃないとね・・・と思うのはきっとぼくだけではないでしょう。

叡尊像
 興正菩薩叡尊像は本人80歳のときに弟子たちが仏師善春に造らせたと拝観のパンフレットに書いてありますが、姿そのものを写すと同時に人格を象形化したような表現がみごとで、唐招提寺の鑑真和上像(天平の脱乾漆像)と並ぶ肖像彫刻の最高傑作だろうと思います。太く長い眉毛、大きくて平たい鼻、クッと横に結んだ口が印象的で、叡尊がどういう人だったのか、その事績を知らなくても意志の強い性格や正義感にあふれた人柄がうかがい知れます。
 叡尊は鎌倉時代に西大寺を復興した人として知られていますが、初めからそのつもりで西大寺に入ったわけでもなかったようです。元は興福寺の僧で、僧のあいだに戒律が守られず堕落した仏教界の姿を憂えてなんとかしないといけないと考えていたところ、興福寺の支配下にあった西大寺の宝塔院に持斎僧(じさいそう)という戒律を守る僧を置くことになったという、渡りに船のような話が出ていることを耳にして応募したのだといいます。授戒だけでなく民衆の救済にも尽力した、鎌倉時代を代表するお坊さんでした。

 興正菩薩叡尊像は確か昔は寺宝を納める聚宝館の収蔵品でした。それがいつごろからなのか、愛染堂に移されていて、今日こうして拝観できたのは嬉しいことでした。


 入ってきたときの東門から出て次の秋篠寺へ行く前に、気温が上がって汗ばむほどになっていたので、本堂と四王堂の間にある護摩堂の浜縁に座って半袖のポロシャツに着替えました。秋篠寺へは西大寺駅北口から奈良交通の押熊行のバスで行くのが普通ですが、ぼくらは歩いて行きます。道すがらコンビニに寄っておにぎりとお茶を買おうと思います。秋篠寺から海龍王寺へ行く途中のどこかでお昼にするなら、水上池はどうだろうか、場所も時間も良さそうです。(2020年11月24日 メキラ・シンエモン)


ランドセルの鐘
 COVID-19が心配ですが、近ごろは熊も心配です。今年は冬眠前の熊の餌となる木の実が不作で山間部だけでなく市街地にまで出没しています。休みの日にはいつも登っている家の近くの野田山も熊の出るところで「熊に注意」の看板が常時立っています。ぼくは出くわしたことはありませんが、数年前に人が襲われました。いつもなら携行しないカウベルを、今年は腰に下げて歩きます。カンコロンコロン、カンコロンカラン。帰り道、下校途中の小学生とすれ違うとき鐘の音が聞こえました。ランドセルに付けた熊除けの鐘です。こどもにそんな知恵はないから付けたは先生でしょうか、親御さんでしょうか。ちりんちりん、ちりりんちりんりん。(2020年11月24日 メキラ・シンエモン)


写真:メキラ・シンエモン


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