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法起寺 日本最古の三重塔

 法起寺(ほうきじ)は25年前までは「ほっきじ」と読み習わしていましたが、法隆寺といっしょに世界文化遺産に登録された際に「ほうきじ」と読ませるようになりました。法起寺は聖徳宗で法隆寺の末寺ですが、法隆寺に読み方を合わせたんだそうです。でも「ほっきじ」の方が発音しやすいでしょう。古代にはどうだったんでしょうか。ぼくはどうも「ほうきじ」には馴染めず、よほど意識しない限り「ほっきじ」と言ってしまいます。


大和小泉から斑鳩へ
 大和小泉の慈光院を出たぼくとミキオ君は、いよいよ斑鳩路最初の古刹法起寺に向かって歩きます。距離は一番近道でわかりやすい県道9号線を行って1.5キロほどです。道はすぐに田園風景のなかとなります・・・とはならないで、どこまで行っても日本中どこにでもあるような中途半端な田舎の景色が続きます。そして溜池が多い。いけどもいけどもいけばかりか、と呟くと、駄洒落ばっかり、とミキオ君は呆れています。
 ずいぶん歩いて切通らしい両側が低い丘で歩いている右側の歩道だけがのぼりになって、先で右に緩やかにカーブしているところに来ました。このカーブをまがると、きっと法起寺の三重塔が見える、という予感がします。いや予感がするというより信じていると言った方がいいでしょう。地図を見るとこの辺りが大和郡山市と生駒郡斑鳩町の境で、もう近くまで来ているはずだから、塔を目標にして斑鳩を歩く、とミキオ君に宣言した手前、そろそろ見えてもらわないと困るんです。
 坂をくだってカーブも半ばをすぎて・・・、ああっ、見えた、三重塔が見える、と、思わず叫んでしまいました。木立に囲まれて三重塔は二重から上が見えています。周囲の景観もようやくなんとか田園風景です。ほっと安心、そしてやはり感動的です。ミキオ君はオオオッと歓声をあげてぼくより興奮していました。面目がたちました。

十一面観音菩薩立像
 ぼくらは北東方向、つまりお寺の裏の方から近づいているのですが、三重塔の右に本堂の屋根が見えています。入口を探して道を左に回り込むと西門がそうで拝観受付があります。実は受付があったことにちょっと驚きました。前に来たときはそういうものはなくて、勝手に三重塔だけ観て次の法輪寺へ行きました。
 いらっしゃいませ、と受付の人が迎えてくれます。しわがれ声の人のよさそうな爺さんです。ボランティアでしょうか、それとも孫にお菓子を買ってやりたくて小遣い稼ぎをしているんでしょうか。拝観料は300円でした。世界遺産になると境内に入るだけでお金取るの、と思ったら、収蔵庫があって多くの仏像をガラス越しに観ることができるようになっていました。300円に納得しました。でも収蔵庫ができていたとは知らなかったので、三重塔だけ観るんだから滞在時間は15分でいいと考えていたのが、そうはいかなくなったようです。慈光院でも大幅に予定の時間を超過していました。この先はどうなるんでしょう。
 収蔵庫の圧巻は巨大な十一面観音菩薩立像で講堂(本堂)の本尊だといいます。こんな仏像があったとは知りませんでした。高さは3.5メートルもあって、このあと行く法輪寺の十一面観音菩薩立像と同じ大きさです。平安時代の作で杉材というのも同じですが、あちらは彩色仕上げなのに対しこちらは漆箔仕上げです。カチッとした顔立ちも法輪寺とは対照的です。重要文化財になっています。

三重塔
 法起寺は聖徳太子の離宮岡本宮を長男の山背大兄王が太子の遺言によりお寺にしたのがはじまりといわれ7世紀中ごろの創建です。法起寺式と呼ばれる法隆寺とは金堂と塔の位置が逆になった七堂伽藍の揃ったお寺だったそうですが、他の古代寺院の多くと同じように中世に衰退し、今は唯一残った往時を偲ばせる三重塔と後世に建てられたいくつかの小さなお堂などが、田園風景のなかにひっそりとしています。

 法起寺の三重塔は現存する日本最古で最大の三重塔で国宝です。すばらしい塔なので、ちょっと詳しく観てみます。初重と二重は柱の間の数が3間ですが三重は2間に減っていて、上にいくにつれて屋根も小さくなっているので安定感があり全体のバランスも良い美しい塔です。下から見上げると上昇するような動きが感じられ、24メートルという高さもあって、美しいだけでなく五重塔並みに堂々とした気分を持っています。ぼくが今まで観てきた塔のなかで、この三重塔と同じほど姿が良いと思うのは薬師寺の三重塔と醍醐寺の五重塔ぐらいでしょうか。
 この塔を見たさに慈光院から歩いて来ました。もしこの三重塔がなかったら斑鳩を歩いてめぐる意味はないぐらいにぼくは思っていて、慈光院には、ひょっとしたら法輪寺にも、行こうと思わなかったかもしれません。

 三重塔があまりにすばらしいからか、境内にはほかにこれといって目を惹くようなものはなく・・・と思ったら、南大門がいい感じです。これは外から眺めてみたいものです。

南大門
 外へ出ようとすると拝観受付の爺さんが入って来たときと同じしわがれた声で、ありがとうございました、と見送ってくれます。そう言えば慈光院でも受付の子がいらっしゃいませと出迎え、ありがとうございましたと見送ってくれました。奈良市内のお寺ではあまり聞けない言葉です。この辺りは人気(じんき)も良いみたいです。
 さっそく築地をまわって南大門の正面に行きます。南大門は江戸時代の建築です。ただの南門でいいくらいの小さな門ですが控柱を備えた四脚門で、うしろに三重塔が見える斜めからの構図で眺めると正門らしい堂々とした気分が感じられます。と同時に、東側の築地が不自然に短く途切れているからか、どこか一抹の物悲しさが漂います。


 周囲はコスモスのお花畑です。計画的な栽培には見えず、休耕田に恣意的に植えたものでしょう。今がちょうど見ごろです。ぼくらは知らなかったのですが、このコスモス畑はどうも有名らしく、カメラを抱えた人が何人も行ったり来たりしています。
 ぼくらもコスモスを入れて三重塔の写真を撮ってみます。デジタルカメラを構えてモニターを覗くと、そこに映る法起寺の三重塔にコスモスはあまり似合いません。塔は塔ですばらしく花は花できれいなのですが、ぼくにはどこか鎮具破具(ちぐはぐ)に見えます。コスモスは漢字で秋桜と書きますが、古代の塔にはやはり春の桜が合うようだし、この季節なら花よりススキがよく似合うみたいです。(2018年10月25日 メキラ・シンエモン)

次は法起寺から法輪寺へ。

写真:メキラ・シンエモン


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