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いつになったら終わるの RUWar

 近ごろウクライナ映画が国内で上映されたそうです。去年2月にロシアがウクライナに侵攻して以来、多くの日本人はウクライナに関心を持つようになっていますが、この映画がそういった話題性だけの映画ではなかったとしても、日本国内での上映の背景にはすくなくとも契機としてそういう事情があることはやはり否定できないでしょう。ぼくも実はウクライナという文字に反応しています。どうせまたどうでもいいことなんじゃないの、と思っていますね。買ったままでストックしてある大量の未製作のプラ模型キットのなかに、いつどこで買ったのかも忘れてしまった1/35のミリタリーフィギュアがあってそのパッケージにはキリル文字が書かれています。ICMというプラ模型メーカーの製品でロシア製だとずっと思っていたのが、近ごろ押し入れの中をごそごそやっているとき偶然目に留まりパッケージに英語というかローマ字でも表記があるのを見つけてウクライナ製だったことがわかったんです。やっぱりそんなことか、と思いましたよね、でもぼくにとっては大事件でした。これは作れという神様の啓示だといつになく素直に思ったからさっそく作ってみました。兵隊さんのフィギュアなんて久しぶりでしたが、古いキットにしてはなかなかいい出来で組み上げて色を塗ると派手な軍服がいい感じでとても見栄えがしますというのは、それが普仏戦争の時のプロイセン軍の歩兵をモデリングしたフィギュアだったからです。なんでウクライナのプラ模型会社が昔々のドイツとフランスの戦争で戦った兵士の模型を出しているのかは知りませんが、ぼくは普仏戦争でちょっと思い出したことがありました。


 かなり前に「通りがかりの者です」にアップしているページに「吉田健一 犀川そして金沢」という記事があります。そのなかでぼくが吉田健一さんの文章に初めて触れたのは渡辺昇一さんの「ドイツ参謀本部」(中公新書)に引用されていた「ヨオロッパの世紀末」の中の一文だったと書きました。渡辺昇一さんという人は英語学を専門とする語学者です。そんな人が「ドイツ参謀本部」なんていう専門外にみえる本をなぜ書いたんでしょう、いや、書けたんでしょう。実はこの本のテーマは組織論なんですと言ってみてもやはり専門外じゃないのということになるのですが、専門外でも興味を持ったことがあれば丁寧に文献を読み込み考察を深めることで専門書が書けると証明した、しかも非常に読みやすく解りやすい本でした。出版からそろそろ半世紀になろうかという本で、ぼくは25歳ぐらいのころに読んでいます。

 ドイツと付いているから普仏戦争に繋がるんですかと突っ込まれると、まあそういうことなんですが、そう話は単純じゃなくて、ちょっと長い話になります。普仏戦争は19世紀のヨーロッパで起きた戦争ですがその時のプロイセンの宰相がビスマルクでしたと言えば、その名前なら聞いたことがある、という人もいることでしょう。この戦争はプロイセンが勝っていますが、プロイセン軍のモルトケという参謀長がこの勝利をもたらしたと言われています。
 今では参謀本部はどこの軍隊にも当たり前にある制度ですが、参謀はナポレオン戦争のあたりまでは戦争の時だけに設けられる臨時の役職だったそうです。それがどうして軍隊の制度になったのかというと、19世紀初頭のナポレオンの全盛期、北ドイツのハノーバー軍の砲兵少佐だったシャルンホルストという軍人が自分からプロイセン軍に入って参謀本部を創設したことが始まりでした。この参謀本部がプロイセン軍で代々引き継がれモルトケのとき普仏戦争に勝利して注目されます。ちなみに「戦争論」の著者クラウゼヴィッツは若き日にシャルンホルストの副官でした。このプロイセンの参謀本部制が世界中の近代軍隊組織の基となっているばかりでなく、官民を問わず有効に機能している近代的組織の基本形だということを渡辺昇一さんの「ドイツ参謀本部」は言っています。でもドイツは20世紀に起きたふたつの世界大戦に負けていますよね、どうして。戦争は軍人が始めるのではないし戦争を終わらせるのも軍人じゃないからです。プロイセンはビスマルクとモルトケのコンビで勝利しました。なんのことか、わかりますよね。
 ついでに日本との関係を書けば、維新直後の明治政府は旧幕時代のままフランス式だった陸軍をフランスに勝ったプロイセンを手本に近代的陸軍に再編するためにモルトケを指導者として招こうとするのですが高齢を理由に断られてしまいます。しかしモルトケは代わりに愛弟子を派遣してくれました。はるばるやって来たのはメッケルという少佐で児玉源太郎をはじめ優秀だと見込んだ日本陸軍の頭脳を教育します。メッケル少佐は日本に長くは滞在せずに帰国しますが、本国で日本がロシアと戦端を開いたと聞くやいなや日本の勝利を確信してただちに日本に向けて戦勝を祝う電報を打ったと司馬遼太郎さんの「坂の上の雲」に書いてあった・・・と思いますがほかの本で読んでいたのかもしれません。日露戦争にドイツ参謀本部がぎりぎり間に合ったというのなら歴史の偶然とは巧妙です。

 なぜ今こんな話をするかと言うと、ロシア・ウクライナ戦争についてほとんどすべての軍事専門家はロシア軍の作戦指導のあまりの拙さを呆れ顔で指摘していますが、この指摘には19世紀初頭のプロイセンに起源をもつ参謀本部という軍隊の制度が根底で関係しているような気がするからで、旧ソ連軍は参謀本部制を正しく根付かせることができずそれが今のロシア軍でもそのままなのではないのかなとぼくには思えます。もしそうならソ連の軍制を採用しソ連製の兵器をずっと使ってきたいわゆる東側の国々は今も軍隊の編成や運用がロシアと同じはずなのでもし東側の国が、どことは言いませんが、戦争を始めれば今のロシアと同じことになる・・・のかというと、話はそう簡単ではないようです。参謀本部の能力が軍隊の強さに関わる大事な要素だったとしてもそれで勝ち負けが決まるわけではありません。「戦争は政治におけるとは異なる手段をもってする政治の継続にほかならない」(戦争論 クラウゼヴィッツ著 篠田英雄訳 岩波文庫)からです。

 話の腰を折るようですけどその参謀本部とはどういうものなんですか、軍隊のことはよくわからないんだけど、と思っていませんか。はじめに書いたように渡辺昇一さんの「ドイツ参謀本部」は組織論です。組織のありかた、つまり運営の話なので軍隊を知らなくても問題ありません。極めておおざっぱに言えばラインとスタッフというよく耳にする話で、大企業でも中小企業でも経営が安定している会社をよく見ればわかると思います。

 このロシアとウクライナの戦争に関するテレビの報道では軍事、外交、国際政治、ロシア、ウクライナなどの専門家が解説者として出て水を得た魚のような勢いで喋りまくっています。そのなかで、この人はほかの人たちとは違う、知識も見識もかけ離れて鋭く凄い、と思える人がふたりいます。おそらく多くの人の評価も同じでしょう。このふたりを知ってからはそのどちらかひとりでも出ている報道番組はなるべく見るようにしています。ふたりが同時に出ていれば目が皿です。でもそのうちのひとりは9月になってからテレビに出ないようになりました。最後の出演で人事異動になったようなことを自分で言っていましたが、それは表向きじゃないのかなという気がします。それから元陸将という陸上自衛隊OBの方が何名かよく出ています。方面総監だった人が多いのですが視聴者のなかには、さすが元陸将だ、解説が具体的で真に迫っていてよく解る、と思って聞いている人も多いと思います。方面総監である陸将は陸軍中将で陸上自衛隊のいくつもの実戦部隊を束ねて率いる最上級の指揮官です。(今はその上に陸上総隊司令官がいます。また陸上幕僚長である陸将は陸軍大将ですが部隊の指揮権はありません。)元陸将の方には防衛大出の人も一般大出の人もいますが後者の方が個性的で自由な発想のおもしろいことを言っているように見えます。でも、それだけに、先に挙げたぼくが鋭いと思うふたりと元陸将のみなさんはどうもかなり我慢しているんじゃないのかなという気がぼくはします。素人にどう言えばわかるのかと苦心している様子だし、ほかの出演者の発言に正面から批判も否定もできずに、あるいは苦笑しあるいは困惑した表情になって、いらだちがチラリチラリ見て取れます。最近は平和ボケという言葉を聞かなくなりましたが、かれらの目からから見れば、まだまだだね、この程度では・・・、ということなんでしょう。


 ぼくが他の解説者とは違うと先に書いた軍事専門家のふたりは、これまでの戦争で軍事専門家の予想が当たったためしがない、と口を揃えて言います。この戦争では自分も外したと言っていました。でも、ぼくらが真に知りたいのはワールドカップの解説みたいな日々の戦況の詳細じゃなくてこの戦争はいつになったら終わるのかということです。専門家も予想できないことをずぶの素人が勘で言ってもいいのなら、この戦争は大勢の人間の掛け替えのない命を犠牲にしておきながら、どっちが勝ったということははっきりさせないで、来年のどこかでなんとなく停戦してうやむやにしてしまうような気がします。この戦争がいつどんな形で終わってもCOVID-19同様その火種は残ります。 2023年9月28日 虎本伸一(メキラ・シンエモン)

おまけ




模型制作と写真:虎本伸一


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