補 足   夕景の白山

これもまた白山麓の風物

 白峰村の望岳苑へ行く前に一里野温泉スキー場へ寄ったのは、一緒に出かけた友達が開校したばかりのパラグライダースクールでの無料体験に参加するためでした。

 パラグライダーというのは、大概の人は知っていると思いますが、やけに横長のクロワッサンみたいな形のパラシュートのようなものに人が吊り下がって、ゲゲゲの鬼太郎がカラスのヘリコプターで空を飛ぶのに似た感じで空中をふわふわと飛ぶ、あのスカイスポーツです。白山麓では鶴来の獅子吼高原でちょくちょく見かけます。
 その無料体験を友達が試すことになったのは、四月の中旬に、件のパラグライダースクールの校長先生から、今度一里野温泉スキー場で開校することになりホームページも出来上がったので、そちらのホームページにリンクをお願いしたいのですが、という内容のメールが、ぼくのところにも友達のところにも送られて来たことがきっかけでした。
 ぼくは自分のホームページにはパラグライダーはそぐわないだろうと愛想のないことを思ってしまい、何の返信も送らなかったのですが、友達はなにか心に思うところがあったらしく、パラグライダースクールの校長先生と何回かメールでの交渉をもった結果、とうとう連休中の無料体験に参加することになったのです。
 それで無料体験に参加するのは友達だけなのに、何でぼくまでが一緒に一里野へ行ったのかというと、ねずみ男が怪奇なもの見たさに鬼太郎について回るみたいに、どういうことをするのかちょっと見てやろうと思いくっついていった、というわけではなく、連休期間中に二人で出かけられる日がその日一日だけだったので、無料体験が昼頃に終わるということなら、そのあと望岳苑に行こう、ということになったからでした。ぼくはパラグライダーが終わるまで待っていることになっても、まあ、場所が一里野だから、草の上に寝転がってのんびり文庫本でも読んでいればよいと思ったのです。

 というわけで、友達が無料体験中、ぼくはその辺の草叢で寝転がってのんびり本を読んでいたのかというと、常日ごろ退屈しのぎに読む本を携行するなんていうことをしないもんだから、本を持っていくのを忘れてしまい、ただ寝転がっているというのはやはり暇すぎるので、友達のデジタルハンディーカムの操作を俄かに習うと、無料体験の様子をビデオと写真に忙しなく撮っていたのでした。つまり無料体験の様子を見学していたのですが、間近で見たパラグライダーの無料体験というのはだいだい次のようなものでした。

 その日の無料体験参加者は女性一名を含む七名でした。最初に屋内で解説のビデオを見ながら、飛行原理から始まって装具の付け方、離陸から着陸までの一連の流れなどについて15分ほどの説明を受けます。関係ないぼくも隅っこでその説明を一緒に聞いていました。
 ぼくはこれまでパラグライダーは上昇気流任せに浮いて上がると、あとは自然にゆっくりと落ちていく、その間が飛んでいることになる、というだけのものなんだろうと思っていたのですが、説明を聞いてみるとこれがぜんぜん違うんですね。パラグライダーの飛行原理はまったくの飛行機のそれです。パラグライダーは風を受けると飛行機の翼のような形に上の面が少し盛り上がる構造になっていて、上面の空気の流れは下面よりも速くなるので上面の圧力が下面よりも低くなり、この上下の圧力差で揚力が発生するようになっています。
 そうである以上はパラグライダーも飛ぶためには、飛行機同様に常に空気が後ろに流れていなければならないわけです。飛行機は内燃機関を動力にしてプロペラの回転やジェットなどの燃焼ガスの噴射で、機体を前進させて後方への空気の流れを作っているわけですが、パラグライダーには動力が付いていないので、高いところから飛び出して前方に落下することで後方への空気の流れを作っている、ということのようです。つまり乗っている人の持つ位置エネルギーを前方に進む力に変換して揚力を得ているということになるのでしょう。
 説明を聞いたあとは外へ出て実地にやってみます。ハーネスを付けヘルメットを被ってと、飛ぶ格好だけすっかり一人前にこしらえると、はじめはスキー場の一番下の平らなところで、ひたすら走ってパラグライダーを立てる練習をします。すなわち地面にパラグライダーを三日月形に広げて寝かせ、その何本もある索を束ねてハーネスに連結している帯を左右の手に握り、前方に全力疾走することでパラグライダーに風を当てて上にあげるのですが、これが簡単なようで見ているとなかなかうまくいきません。パラグライダーが上にあがりかけても、たいていは右左どちらかに傾いてしまうのです。傾くと高い方の先端が前に低い方の先端がうしろに、というぐあいにパラグライダーの向きが走っていく方向に対して斜になってしまいます。
 そうなるとうしろに残ってしまう低い方へ体を引っ張られることになるらしく、見ているとみんなその引っ張る力に抵抗しようとして、反射的にでしょう、引っ張られているのとは反対の方へ走ろうとします。すると教えている先生が拡声器で、引っ張られている方へ走れ、と叫びます。走る方向がパラグライダーの両端を結ぶ直線と直角になるように体を持っていけということなのでしょう。それしか傾いたものをまっすぐに立てる方法はないようですが、やっている本人は、なるほどそうかと考えられるほど冷静ではないらしく、当惑した顔でもたもたしているうちに、あわれパラグライダーは萎み再び地面に横たわってしまいます。
 それでも何回もやっていると、えらいもんで、ほとんどの人はなんとかできるようになります。できるようになると今度はゲレンデを少し登って斜面で同じことをやります。
 斜面は風が下から吹き上げてきているので、走らなくとも勝手にパラグライダーは風をはらんでくれますが、やはり立てるためには走らなければならず、傾かないようにうまくパラグライダーを立てる難しさは下でやっていたときと同じのようです。
 うまくいくと足が地面から離れ、ほんのわずかの時間、きわめて低空ながら空中を飛びます。スタート地点から少し下で見ていると、全員の中で一番高くおとなの背丈ほど宙に浮くことのできた若い男性は、首筋をつままれた猫みたいにつま先を少し持ち上げ気味に両脚を突き出してぶら下がり、うわぁーおという顔でぼくの目の前をサーっと通り過ぎていきました。友達はというと、なんとか浮遊感を味わおうと奮闘していたようですが・・・、どうだったんでしょう。
 うまくできてもできなくても一度下までおりてしまえば、パラグライダーを担いで斜面を登りスタート地点まで戻らなければなりません。パラグライダーは結構重いものらしく、うまくいって浮き上がったときはともかく、ただ斜面を駆け下っただけだったというときは、たいていの人は難行苦行でもしているような顔をして、大きな袋を背負った大国主命みたいな格好で、えっちらおっちら斜面を登っていました。
 とまあだいたいこんな感じだったんですが、うまくできてもできなくても、みんな結構楽しそうにやっていたみたいです。

 パラグライダーは鶴来の獅子吼高原でちょくちょく見かけるとはじめに書きました。ぼくはこれまでその光景を、あれは白山麓に特徴的なものではない、鶴来限定の特殊な光景である、と考えていました。しかし一里野温泉スキー場でもふわふわが見られるようになったとなると、パラグライダーの浮かんでいる光景というのは、これもまた白山麓の風物である、とこれからは言わないといけないかな、という気がしています。(メキラ・シンエモン)


一里野のパラグライダースクールは、いまはもうなくなりました。



 ホーム 目次 補足の一覧

 夕景の白山に戻る


 ご意見ご感想などをお聞かせください。メールはこちらへお寄せください。お待ちしています。