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八月の紫陽花

 「八月の紫陽花」だなんてどこか小説か映画のタイトルのような感じで、紫陽花でなにかを象徴しているようにみえるかもしれませんが、紫陽花に特別な意味など託してはいません。素直にアジサイです。8月はアジサイの季節ではないし漢字で書いたりするからそんな風に思えるんでしょう。「8月のアジサイ」とカタカナで書けば園芸ガイドブックのアジサイの解説です。8月の誕生花だとか、暑さで萎れるからよく水をやれとか書いてあるでしょう。それならなぜアジサイを紫陽花と漢字で書いてタイトルにしたのかというと、はじめからそうするつもりがあったわけではなくワードが勝手に変換したのを、おっ、ちょっとカッコいい、と思ったのでそのままにしました。で、今回のテーマはというと、つゆが明けた後のアジサイです。(写真はすべて大乗寺丘陵公園にて。)



アジサイとつゆ
 つゆを言い換えるときにアジサイの季節という表現をします。つゆと言えばだれもがアジサイを連想するからです。葉っぱの上にカタツムリを載せて雨を降らせればカレンダーの6月の絵になる。近ごろはつゆの時期が早かったり遅かったり長かったり短かったり年によってまちまちですが、つゆの時期がどうであれアジサイはつゆのあいだずっと咲いています。そしてつゆが明けるとアジサイも終わるとぼくらは思っています。日本のつゆは東南アジアの雨季がもっとも東の端で現れた気象現象で、つゆのない北海道でもアジサイは普通に咲くのだから、つゆに合わせてアジサイが咲いているわけではありません。ではなぜつゆが明けるとアジサイも終わると思うのかというと、アジサイの花はカンカン照りの日より曇り空の日の方がよく映えるからで、つゆが明ければアジサイが美しく見えることはもうないと思いアジサイは終わったと言うのです。行く春を告げるように散る桜とは正反対です。

 7月に入ったばかりのころ、奈良在住の仏像巡りの同伴者ミキオ君が、お寺に行けないうちに紫陽花の季節が終わりそう、とメールしてきていました。お寺にアジサイを観に行きたかったのにCOVID-19のせいで行けそうにないというのです。アジサイ寺と呼ばれるアジサイの名所になっているお寺は全国にいくつもあります。奈良では矢田寺でしょうか。大和郡山にある地蔵信仰の古刹ですが拝観休止が続いていたみたいです。ほかにも拝観できないアジサイ寺は多かったことでしょう。つゆの雨が静かに降る人影のない境内、だれもいない参道や庭に咲くたくさんのアジサイが赤、青、紫、白、ピンクの花をしっとり濡らしています。雫が落ちて葉が揺れる。しばらくして雨が止みました。本堂の屋根の上、雲の切れ間から日が射すと花や葉の上で水滴がキラリと光ります。アジサイ寺を楽しみにしていた人はがっかりでしたね。来年はちゃんと拝観できますように・・・。

八月の紫陽花
 ぼくはアジサイの花が好きです。休みの日に登っている大乗寺丘陵公園(野田山)はアジサイの名所にもなっています。アジサイは日本原産の落葉低木樹ですが普通に目にするアジサイはすべて品種改良された栽培種です。大乗寺丘陵公園のアジサイにはどれもこれも品種名を書いた札が立ててありますが、それをきちんと見たことはありません。品種を知ればもっと楽しく観られるとは思わないのです。ぼくはどのアジサイも、ただアジサイでいいんです。凝った名前など要りません。
 つゆの雨に濡れたアジサイはほんとうにきれいで大好きです。でも、8月のアジサイも同じくらい好きです。つゆが明けて夏の日差しが強くなるとアジサイの花は急速に色を失い枯れていきますが、その枯れていく途中の花も美しく見えるのです。ぼくらがアジサイの花びらだと思っているのは、実はほとんどの種で花びらではなくてガクヘン(萼片)という葉が変形したもので装飾花あるいは中性花と呼ばれています。本当の花は小さくてガクヘンに囲まれています。手毬のような丸いアジサイは枯れる前にガクヘンの鮮やかな色彩が灰色を混ぜた緑色に変わります。アジサイの色が花びらの色ではなかったことを改めて知るのですが、灰緑色に退色したガクヘンはぼくには美しく見えます。ガクヘンが退色しないまま虫に食われたようになって朽ちていく種もあります。その様子は美しくはないはずなのに美しく見えてしまいます。つゆどきの花の盛りとどちらがきれいかと問われれば、それはつゆどきですが、どっちが魅力的かと訊かれたら、さあ、どちらとも言えません。



 秋が深まり紅葉もすっかり散ってしまったころ、アジサイが枯れたまま立っている風景はどこか物悲しさを感じさせます。晩秋の紫陽花、いい感じです。そして冬がきて雪が降った朝、アジサイは枯れた花に真綿のような雪を載せて冬の景色になります。初冬の紫陽花、これもいい。(2021年8月10日 メキラ・シンエモン)



写真:メキラ・シンエモン




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