2-161-KN87

雪と楓と

 ウォーキング途中にいつも必ず足をとめて暫し眺める楓がある。大乗寺丘陵公園と野田山墓地を分ける急な坂道を登りきる少し手前の右側、丘陵公園入口のやや下の斜面で枝を左右に美しく伸ばすこの楓は冬の雪景色の中に立つ姿がことに気に入っていた。


 この日は青空が見えていたが今年はどうしたんだろうと思うほど2月半ばにもなってまとまって降った雪が標高150メートルでは膝の高さまで積もり登って来る人を選んだ。

 道路際に立ち見上げるように件の楓を眺めていると除雪された道を一台のミニバンが登って来て反対側の墓地の半分ほど雪を除けてある駐車場に停まった。男がひとり下りてきた。年恰好はぼくより少し下に見える。長靴を履いてナップザックを背負っている。こっちを見て、こんにちは、と挨拶するのは感心に思った。おはようございます、と返すと男は、歩いて来たんですか、と聞く。ええ、そうです、墓地の方からまわって来たんですがそれでもなかなか大変でした。ああ、そうでしょうね。ぼくは墓地の中の道を少しは雪も少ないだろうと登って来たのだがはじめこそよかったがすぐに雪は深くなり期待外れに同じことだった。

2025年2月9日

 男はこの辺りを知っていそうでそれに感じもよさそうに見えたので少し続けて話してみようかと思い楓を指差して話しかけた。

この木は丘陵公園ができる前からあるんですよ。
そうなんですか。
昔撮った写真にはこの木のうしろはほとんどなにもないんです。
へぇ〜、前はここにはなにがあったんですかね、畑・・・。
なにもなかったでしょう、むこうに蓮如さんの銅像があるお寺があるでしょうなんとか別院という、あの下は畑でしたが、ここいらはなにもなかったようです。
丘陵公園を作りはじめたのは20年ほど前、いや、もっと前でしたかね、いえね、わたしはそこの電柱の工事に来たことがありましてね、これは楓ですか。
そうです、楓です。

2011年2月16日
2021年1月20日
2014年4月17日
2020年2月18日

 それから取り留めのないことをいろいろ話したが10分ほども話すと話題も尽きた。

さてそろそろ行きます。
丘陵公園の方へ行くんですか。
ええ。
かなりの積雪のようですよ、歩けますかね。
歩けるでしょう。
無理だと思いますが。
なに、これくらいなら大丈夫です、先日も歩いています。
無理だと思うがなぁ・・・、まあ、挑戦してみてください。
それじゃ。
はい、お気を付けて。
そちらも。

 男はこんな日は車があまり通らないんですなどと言って除雪された道を下って行った。男がなにをしに来たのかどこへ行くのかは聞かなかった。下りて行けば登って来ないといけない。車はここにある。いや、たしかに除雪された道路を歩けば楽でいい。ぼくも心惹かれないわけではないがそれではぼくには歩く意味がなかった。男が除雪の済んだ急な坂道をただ歩いて往復するためだけにミニバンでやって来たのだとしたら奇異なことに思えた。


 丘陵公園のなかを膝の上まで積もった雪に沈んだ左脚を抜き右脚を抜き時々よろけながら一歩また一歩と亀のようにぎこちなく歩いて下まで降りた。2倍の時間と3倍の労力で降りた。梅園の梅は咲いていなかったが途中出遭う人もいなかった。 2025年3月5日 虎本伸一(メキラ・シンエモン)


写真 虎本伸一




 ホーム 目次 前のページ 次のページ

 ご意見ご感想などをお聞かせください。メールはこちらへお寄せください。お待ちしています。