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桜はパッと散るから桜である
先月の20日ごろ黄砂がひどく降った日の翌日だった。お昼を食べたあと庭に出て満開のほとんど白に見えるうすいピンク色をしたリンゴの花を眺めては、今年はたくさん咲いたな、などとちょっと喜び、朝は閉じていたつぼみがすっかり開いた紫にくすんだ赤い色の牡丹を見ては、今年もそういうころになったのか、などとちょっとしみじみしていると表の道路の方から、今年は桜が長いね、と女性の声で話すのが聞こえた。通りがかりの人だろうか、隣家の奥さんではないようだった。(庭のリンゴ)
今年も3月のうちから咲きはじめた桜は4月に入って気温の上がり下がりがひどかったせいか一気に満開とはならず散るのもまたダラダラしていた。最長不散記録の、もしそういうものがあるのなら、新記録達成なのかもしれない。しかしパッと咲いてパッと散るのが桜である。桜が日本人の好みに合うのはその花の美しさゆえだがただ美しく咲くからというだけではなさそうだ。日本人はいさぎよさを愛し見苦しさを憎む。桜は開花するとたちまち満開となりそこから数日であっという間に散る。花びらは萎れる前のまだきれいなうちに散り、散った花びらが春風に舞って桜吹雪となり、落ちて地面を覆えばあたり一面雪が降ったかのようだ。それが水面なら枝にあるときにはない趣がある。日本人が好む桜の美しさとは咲く花の美しさより散る花の美しさにあると言ってもいい。それで詩人は枝を覆い隠して咲く満開の桜には心を寄せず散りゆく桜に過ぎゆく春を見てうつろう季節を惜しむ心を巧みに詠う。
また大学入試に失敗すると「桜散る」とよく言う。逆に合格なら「桜咲く」だがそれはあまり聞かない。良い知らせはそのままに言えるが、悪い知らせにはそれを匂わせる比喩的表現を使ってしまう。それが「桜散る」なのは桜の散る様子がいさぎよく見苦しくないからだ。が、咲かなかった桜が散るはずもないのだからまず合格の「桜咲く」があって失敗はその逆だから「桜散る」となったのかというと、そうではあるまい。「桜咲く」にはなんの意味も見いだせない。きっと真相は逆で、失敗の「桜散る」が先に言われてそれならばその逆の合格は「桜咲く」だということになったにちがいない。では咲かなかった桜がなぜ散るのかというと、一言で言えば無念だからで、悲しさと悔しさが入り混じった感情を面に出すまいとグッと歯を食いしばっているのである。
これが日本人の気分というもので趣というものだが、これこそ日本の文化だ。とぼくは思っている。
桜はパッと咲いてパッと散らねば桜ではない。それが今年は違ったのは、それが気候変動のせいだったと言うのなら、そして来年もまたそうでその次の年もまたそうなりそれが当たり前になるのなら、地球の温暖化はいずれ日本の文化を破壊してしまう。えっ、なにを言っているのかって、今年桜がいつもの年より長く咲いていたのは日本人好みではなかったという話をした。2024年5月7日 とらもとしんいち(メキラ・シンエモン)
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