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白いネジバナと白いウツボグサ

斑入りの椿の花 東大寺の修二会では二月堂の須弥壇に椿の花を飾ります。この椿の花は造花で練行衆の手作りですが花びらが白と赤の二色という特徴があります。この造花の椿には実在するモデルがあって二月堂下の開山堂の庭に生える赤い花びらに白い斑(ふ)が入った椿がそれです。その斑の様子が糊をこぼしたようだというのでこの椿には「糊こぼし」という名前が付いています。きれいな好い名前だと思います。この斑入りの椿は珍しくても特別ではないようでぼくがウォーキングで登っている野田山の一角にも植えてあります。白と赤の模様が異なるみっつの品種があってその中で「岩根絞(いわねしぼり)」と立て札に書いてある椿の白と赤の混ざり具合が「糊こぼし」に一番近いみたいです。今回のテーマは前回まで昆虫が三回も続いたので草花にしました。白い花とその色についてです。(写真は「岩根絞」2023年4月6日野田山)


白い色
 白は色のひとつです。と普通は疑いなく思っていますが、ほんとに白は色なんでしょうか。色は光があたってはじめて何色かがわかりますがそれは吸収されずに反射した光の色です。光は電磁波でその波長のちがいで光の色が決まります。太陽の光は大気中の微粒子によって散乱しますが、空が青いのは波長が一番短い青の光が特に強く散乱して向きが変わることで眼に入るからで、夕日が赤いのは太陽の光が斜めから入ることで大気中の長い距離を進むことになり一番散乱しやすい青の光はかなり減衰するのに対し波長が一番短い赤の光は散乱しにくいため減衰も少なくもっとも遠くまで届いて眼に入るからです。また海が青いのは水の分子が赤の光を吸収することによります。そしてすべての波長の光が重なると白になります。インクに白色はありませんが塗料には白色があります。白色の塗料は溶剤に溶けている極々細かな微粒子が光を乱反射することで白い色を出しています。乱反射は光が拡散することですがそれにより光は吸収されずあらゆる波長の光が眼に届くことで白になります。
 ところで、色というのは、ぼくらは明らかにそのちがいを識別していますが、実体はあるのでしょうか。色は光の反射で光は電磁波でしたが一方で光の量子は光子(フォトン)という素粒子です。なんのことかわからない。ぼくもよくわかりませんが難しく考える必要はなくてエネルギーだと思えば大丈夫。エネルギーは状態として存在し実体はありません。つまり光には実体はなく光に実体がないのなら色にも実体はありません。そこで色は目には見えているのに実体はないということになります。これはしかしよく考えれば当たり前のことで、色は光の反射でそれが眼に入って脳が識別してはじめて意識が色を認識するのだから脳がなければすなわち人がいなければいかなる色も存在しません。般若心経が「色即是空、空即是色」と言って現実世界を"色"と表現してそれを"空"と断じたのはなかなかうまく言い切ったものです。ひょっとして大昔の人は科学の知識などなかったが故に宇宙のことはなんでもよく知っていたんじゃないですかね。

白い花の白い色
春菊の花  白とはどういう色かがわかったような気になったところで植物の白い色ですが、たとえば斑入り(ふいり)の葉の白い部分は白色体という色素を持たない色素体のせいなんだそうです。色素がないのに色素体とはこれ如何に・・・ですが、色素体というのは植物細胞内の小器官のひとつです。光合成に関わる葉緑体も色素体です。白色体とは色素を含まない色素体の総称でどんな役割があるのかはともかく色素がないことで細胞に色がつかないという理解で概ね良いように思います。
 白い花の白い色もまた同じ理由で白く見えているのかというとそうではありません。葉の斑入りは色素が関係していましたが花の白色には色素は関係ないのです。服は水に濡れると色が濃くなりますね。暗い色ほどそうなりますが、あれは布の元々の色が見えるようになるからで、服が乾いているときは表面に凹凸があって光が乱反射するため白っぽくあるいは色が薄く見えているのだといいます。それが水に濡れるとその凹凸が埋まって平らになり光が乱反射しなくなって本来の色が出ます。これって、そうです、塗料の白色と同じ原理です。花びらの白もこれと同じ原理です。では花びらの表面に凹凸があって白く見えているのかというとそうではありません。花びらに小さな気泡すなわち空気の泡がたくさんあって光を乱反射するので白く見えます。すると椿の「糊こぼし」のように花の白い斑(ふ)はどうなんでしょう、細胞内の白色体のせいなのでしょうか。春菊の花は内側が黄色で外側は白色ですが小さな気泡による乱反射なのでしょうか。どちらも花全体ではないので色素が関係しているような気がします。(写真は春菊の花2023年6月18日自宅庭)

変種か亜種か別の種か
 白い花はどうして白いのかがよーく理解できたところでいよいよ本題です。今年はモミジイチゴの花がたくさん咲きたくさんの実が生りましたが花の多い年らしくほかにも例年より花がたくさん咲いた草木がずいぶんとあります。なかでもネジバナとウツボグサは特別多いという印象です。花が多いと色のバリエーションが増えるのかピンクの花のネジバナと青紫の花のウツボグサに白い花が出ています。どちらの白い花も珍しいと言えます。シロネジバナ、シロバナウツボグサと呼んでいるのをよく見かけますが分類上の亜種や変種ではなさそうでもちろん別の種ではないので俗称になるんだろうと思います。

白いネジバナ
ネジバナ 2018年7月9日 野田山

 同じ花で色が異なるという例はいくらもあります。身近な草花の例を思いつくままに挙げると、ニガナの花は黄色ですがシロニガナという白い花をつける変種があります。近い仲間にシロバナニガナというやはり白い花があってしかしこれは変種でも亜種でもない別の種です。そのシロバナニガナで黄色の花が咲くものを同じ種なのにオオニガナと言っているのはややこしい話です。ニガナは全部同じ場所に生えます。ゲンノショウコやシランには白い花と赤紫の花がありますが同じ種で生えるところも同じです。シランの白い花は園芸種かもしれません。

ニガナ 2023年5月16日 野田山 シロニガナ 2023年5月30日 野田山
ゲンノショウコ 2011年9月11日 野田山 ゲンノショウコ 2013年9月13日 樹木公園
シラン 2016年6月1日 野田山 シラン 2022年5月29日 自宅前庭

 ニワゼキショウもまた赤紫(濃紫)の花と白い(薄紫)花があって同じ種で同じところに生えますが、花の形も色もニワゼキショウによく似ていてしかもその横で咲いているオオニワゼキショウという花があります。しかしこれは亜種でも変種でもなくもちろん同じ種ではない別の種です。

ニワゼキショウ 2017年6月18日 野田山 ニワゼキショウ 2013年7月2日 野田山
オオニワゼキショウ 2019年5月27日 野田山 スイカズラ 2018年5月26日 長坂

 見た目が似ていて花の色が異なるサギゴケ(青紫)とサギシバ(白)、カタバミ(黄色)とムラサキカタバミ(紫)、ツリフネソウ(紫色)とキツリフネ(黄色)、ムラサキケマン(紫色)とキケマン(黄色)は同じところには生えない別の種です。

サギゴケ 2010年5月11日 野田山 サギシバ 2023年4月22日 泉野
カタバミ 2018年9月13日 長坂 ムラサキカタバミ 2019年6月2日 野田山
ツリフネソウ2011年9月19日河内村 虫はカンタン♀ キツリフネ 2023年7月1日 野田山
ムラサキケマン 2023年4月10日 野田山 キケマン 2013年4月29日 鳥越村

 これらは別株での花の色がちがう例ですが、スイカズラは同じ株に白色の花と黄色の花がすぐ横で並んで咲きます。また梅の木には同じ枝に白と赤の花が付いたりひとつの花に白と赤の花びらが付いたりする個体があります。
(種は生物の分類で一番下の単位ですが植物の分類ではその下に亜種と変種があります。しかし人によって考え方は異なるようです。亜種と変種のちがいは簡単に言えば種との近さのちがいで亜種が変種より種に近いということです。)

梅 2015年4月3日 野田山 梅 2016年3月16日 野田山

白いネジバナ
 ネジバナは単子葉類ラン科ネジバナ属の多年草で針金のように細く大きなものは20センチほどの高さになります。晩春から初夏にかけて背の低い草地に1本でまたは数本がかたまって生えます。ネジバナの名前は穂状の花序がらせん状にねじれてつくからで、全体に細かな毛が生え花びらはピンク色で美しく水平よりやや下を向いて花が咲きます。花序のねじれは右巻きと左巻きの両方がありそのピッチ(繰り返しの間隔)には幅があって広いものも狭いものもあります。どんな花でも色の濃淡は多かれ少なかれあるものですが、ネジバナは濃淡の幅が大きくて濃いピンクからほとんど白に近いピンクまで普通に見られますが真っ白の花というのは珍しくずいぶん久しぶりに見ました。白色はピンク色の林立するなかではよく目立ちます。

2023年7月1日 野田山 2023年6月29日 野田山
2023年6月29日 野田山 2023年6月24日 野田山

白いウツボグサ
 ウツボグサは双子葉類シソ科ウツボグサ属の多年草で花は唇形の合弁花です。高さは10センチから30センチで茎の先端で筒状の花穂に青紫色の花が密集して取り巻くように咲きます。林の縁の草地や土がむき出しの斜面にも生えます。ウツボグサの名前は筒状の花穂が弓の矢を入れるウツボに似ることに由来します。5月から7月にかけて咲く花ですがピークは6月上旬で下旬になると背が伸びないで花穂も短く地面近くで咲くようになります。ウツボグサの白い花は白っぽいと言った方が正しいかもしれません。いや、ぼくが白い花だと思ったのは違っていて、話に聞く白いウツボグサはもっと白いのかもしれません。でもこの花は元々色の濃淡が比較的少ないので白っぽいというだけでも珍しいと言ってもいいんじゃないかと思います。ウツボグサは数株がいくつか集まったグループを作って咲きますが白い花はグループから離れて2本が並んで咲いていました。見たのは今年が初めてでした。ぼくの好みから言えばネジバナは薄いピンクがウツボグサは色が濃い方がきれいです。総じて花は白よりなにか色がある方がきれいだとぼくは思います。いずれにしても花には本当に心癒されます。

2023日6月13日 野田山 2023年5月27日 野田山
2023年5月30日 野田山 2023年6月29日 野田山



 我家の前庭、あのキジバトが子育てした松のある前庭ですが、数年前からネジバナが咲いています。植えたわけでも種をまいたわけでもなく自然に生えました。ぼくが山から帰ってきてそのまま前庭に踏み込んだことで靴か服についていた種が落ちて発芽したようです。去年まではここに1本あそこに1本と生えていましたが今年は11本生えたうちの5本が一か所にかたまって生えました。濃いピンクも薄いピンクもあります。でも白はありません。

2023年6月29日 自宅前庭

 キジバトが巣を架けた松にはいつになくマツボックリがたくさんついています。その横のキンモクセイに近ごろキジバトが二羽よく来ます。つがいでしょうね、去年の鳩と同じかもしれません。廊下の窓から見上げると互い違いに並んでちょこんと枝にとまっています。巣を架けても大丈夫か偵察しているのかもしれません。 2023年7月7日 虎本伸一(メキラ・シンエモン)






写真:虎本伸一


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