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庭のキジバト

 我家の前庭の松に今年、キジバトが巣をかけました。キジバトは雉の雌と色が似ているところから名前が付いたそうですが山鳩とも呼ばれていて町中の公園などでも低い声でグォッグォグォーグォッグォグォーと陰気に鳴いているのを普通に見かける野生の鳩です。巣をかける木はどんな木でもいいみたいで十数年も前になりますがやはりうちの前庭に松から少し離れて立つキンモクセイの木に、あれは初夏でしたが、キジバトが巣をかけて卵を温めていたことがありました。


松の剪定
 おととしと去年は前庭の松の剪定をしないでいたから今年は春にどうしてもやらないといけないと考えていたのにズルズル先延ばししているうちに春は過ぎ去り気が付けば新芽がぐぅーんと伸びてしまい葉の重なりはかなり濃密になっていました。まだ傘を固く閉じたままの青い松ぼっくりもたくさん生っています。さすがに、これはいけないすぐに何とかしないと、と思ったもののあまりに早く来た今年の夏はいつになく暑く、それが9月に入ってもいつまでも続きおとといになって漸く少し涼しくなったので意を決して満を持しての剪定にかかりました。えっ、たかが松の剪定に満を持すだの意を決すだのって大袈裟な、それならどうして二年もやらなかったのか、二年前からやっていないのなら新型コロナのせいだったのかって、まさかそんなわけありません、しようとするとほかにいろいろやることができてしまうし、なにもない時は疲れていて休んでしまうし、なにもなくて元気なら居間から見える後ろの庭を優先するから前庭は後回しになってしまうんです。道路から見える前庭はやらないと本当はみっともないんですけどね・・・。

    
キジバトが巣をかけたのは道路に面した前庭の松の木でした

 この松の剪定は農家だった伯父さんが健在なころは毎年来てやってくれました。伯父さんが来られなくなってからはぼくが自分でやっています。できるのかって、さあそれは・・・、でもなんとかなっています。女房は植木屋さんに頼んだらと言いますが、そうしたこともありましたが、やはり自分でやりたい気持ちが強くてこの二年は女房を説き伏せていました。だから勇んで始めたのですが・・・、枝に鳩の巣というアクシデントです。いや、むしろそれは慶事で・・・とも言えないか・・・、いや、やっぱり慶事、とにかく剪定は暫しお預けになりました。

鳩の巣
 松の剪定は上から下へと進めます。新しく出た芽を摘んで枝先をYの字に整えて余分の葉を手でもぎ取ります。始めようかと脚立を立てるといきなり鳩が飛び立ちました。それが低いところからだったのは鳩が松の中に隠れていたからのようです。あっと思ったものの近ごろ家の周りでキジバトをよく見掛けていたから驚いたというより、ああここにいたのか、という感じでした。本当に驚いたのはそのあとで、脚立に登り新芽を摘んでいくと上から二番目の横に伸びた太い枝に卵がありました。卵は二個でした。それがさっき飛び出したキジバトが産んだ卵でさっきまで抱いていたことはどんなにボーとした人でも瞬時にわかったでしょう。卵が載っている巣は簡素なものでした。少しの松葉と少しの小枝を敷いただけで自然に抜け落ちたのか自分で抜いたのか少しの羽毛がまばらに散らばります。卵は白い色で模様はありません。形は鶏卵に似てそれよりうんと小さくて長径がわずか数センチです。

キジバトの巣はとても簡素です 巣の中には卵がふたつありました

親鳩
 剪定は即中止です。鳩が抱卵を放棄しては大変です。ふたつの卵が孵り雛が大きく育つまで待つことにしました。脚立を片付ける前に一旦下へ降りてカメラを取って来ると再び脚立を登り卵の写真を撮りました。脚立を片付けて地面に落ちた摘んだばかりの新芽を拾いに前庭へ戻ると、嘴になにか細長いものをくわえた鳩が真上の電線に止まっているのが見えます。この鳩か親は・・・、と思ってすぐに退散して応接間に陣取ります。松の木はちょうど応接間の前でガラス戸越しによく見えました。暫く見ているとさっきの鳩が降りてきて下の太い枝に止まります。鳩はちょんと跳んですぐ上の枝に止まりまたちょんと跳んでさらに上の枝に止まりというふうにして器用に上へ登っていきました。

戻って来て巣にあがろうとしている親鳩

 女房に話すと、カッカイカソポジマセヨ(近くに行って見たりしないで)と韓国語で言います。それをカラスが目聡く見ていて卵を取ってしまうと言うのです。あり得ます。実は冒頭で書いたキンモクセイの巣の卵はカラスが取ってしまったんです。ぼくの目の前で起きました。キンモクセイを眺めていたらカラスがサーと降りて来てキンモクセイに潜ったので、コラッ、と大声で追い払うとカラスはすぐに飛び出しましたが慌ていたのかよく掴んでいなかったのか脚から卵が離れて、ベちゃ、アスファルトの路面で割れてしまいました。ショックでした。

 幸い今度は二年も剪定していない松の木です。葉が繁茂していてなかの様子は見えないし、鋭く尖った針のような松葉できっとカラスも近づけないでしょう。ぼくらも近づいて見上げないようにします。応接間のガラス戸越しにもしや下からなら見えやしないかと見上げると、巣は見えませんが、抱卵中の親鳩の頭が見えていました。ここからならたまに見上げてもカラスは気付かないでしょう。親鳩は時々体の向きを変えるようで嘴が右だったり左だったりします。キジバトはつがいが昼夜交代で卵を抱くというからいつの間にか代わっているのでしょう。尾羽をこっちに向けていることもあります。こっちに顔を向けるようなしぐさを見せることもあってその赤い目で見られているような心持になります。ぼくが時々見ていることをあるいは知っているのかもしれません。なんだか家族がふたり増えたような気分です。あとふたり増えるといいんだけど。でもすぐにどこかへ行ってしまいます。

卵を抱いている親鳩 頭が見えていたり(左)尾羽が見えていたり(右)します

撤去はできない
 自分の家の庭で鳥が木に巣をかけて卵を温めていることを知ればそっとしておこうと思うのが人情というものですが、そう思う人ばかりとは限らず巣を撤去してしまう人がいないとは言えません。それで鳥の巣の撤去は野生動物を保護する法律で禁止されています。撤去したければ役所に届けて許可を得なければなりません。黙ってやれば手が後ろにまわります。手が後ろにまわるって・・・古い表現だね今時言うかな、言うでしょう普通に、お縄になるとでも言えばさすがに古い。でもまあ、鳥が自分の家の庭の木にかけた巣を取り除こうとする人はよほどの事情でもない限りいないと思います。いや、今回もし植木屋さんに頼んでいたらどうなっていたんでしょう。

 しかしいつまでも剪定しないで置くわけにはいきません。卵が孵って雛が二羽とも成長してその巣立ちを見届けたら剪定を再開します。それはいつ。卵は孵化まで半月ほどで雛が巣立つまでにはそこからまた半月ほどかかるようです。でも卵をいつ産んだのかがわからないんだから雛の巣立ちが何日後になるのかは見当がつきません。応接間のガラス戸越しに見上げるのでは雛の姿はきっと見えないし、でも餌を運ぶ親鳩の姿は見えるかもしれません。親鳩の見えない日が数日続けばもういいだろうということにするしかないようです。できれば雛の姿を見たいところですが巣を覗くことはやめておきます。それから再開した剪定でも巣にはさわらないでおこうと思います。


 雛が無事に成鳥に育って巣がそのまま残っていても、来年このキジバトの夫婦は我家の前庭の松には巣をかけないでしょうね。剪定が終わりきれいさっぱり葉もスカスカになった松の木はもう安全ではありません。ぼくの部屋は二階で眼下に前庭です。剪定を中断した松の木はすぐ右下に見えていますがキジバトの巣は見えません。今日も夏日になりました。窓を開ければキンモクセイの甘酸っぱい香りが部屋のなかまで広がります。(2022年9月30日 メキラ・シンエモン)



写真撮影:メキラ・シンエモン



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